訓練
ヘレンにコマを動かしてもらって動きを確認した後、庭にデカい丸太――切り出してそのままにしてあった材木――を立てて、邪鬼に見立てて訓練することにした。
仮想邪鬼からかなり離れて、ヘレンとサーミャが先頭、すぐ後ろに俺とルーシー、その後ろにリディが控え、アンネとディアナが並び、リケとクルルが最後尾という隊列を組む。
ルーシーが前の方にいるのは嗅覚と勘の鋭さをあてにしてのことで、身体が小さいから不意を狙われたとしても俺が庇うことが出来るとの判断である。勿論、邪鬼にエンカウントしたらその時点で即座に後方へ下げる。
得物はヘレンが短剣二振りとメイス、俺は槍と薄氷、サーミャとリディが弓。アンネが大剣と投槍、ディアナが長剣と槍で、リケは投槍と斧である。
仮想邪鬼に向かって少しずつ近づいていく。弓で直射出来る距離まで近づくと、ヘレンが合図してサーミャとリディが前に出た。俺とヘレンはその真後ろに付き、ルーシーはリケが身振りで呼んで下がっていく。
サーミャとリディが仮想邪鬼に向かって弓に番えた矢を放つ。ほんの僅かに弧を描いて、矢は丸太の上の方、頭部と見立てたあたりへ2本とも命中した。実戦でもあのあたりに命中して終わってくれれば楽なんだがなぁ。
「さがれ!」
ヘレンが大声で叫んだ。サーミャとリディを下がらせる合図だ。合図に従って2人は後ろに下がっていく。その間隙を埋めるように俺とヘレン、そしてアンネとディアナが前に出た。
その状態で全員前に進んでいくと、
「しゃがめ!」
ヘレンが再び号令をかけた。俺とヘレンがしゃがみ、直後アンネが投槍を投擲する。
あの投槍は命中ではなく牽制を期待してのものだ。これで邪鬼がたたらを踏んで、一時的にでもその場に留まるようであれば、その瞬間にサーミャとリディが再び射掛ける手はずになっている。移動も邪鬼がこちらへ向かってくるようなら行わない。
アンネが放った投槍は仮想邪鬼の中ほどに命中した。貫通こそしていないがかなり深々と刺さっている。もしこれが実戦で起きれば、致命傷ではないもののかなりのダメージを負うはずである。
しかし、実戦で必ず起こることを期待して戦術を組み立てるわけにはいかない。ここまで命中したものすべて命中しなかったものとして、つまり、邪鬼が無傷であるものとしてやっていくべきだろう。
リケが持っている投槍と斧はイタチのなんとやら用で、邪鬼に直接当てる目的はまったくない。逃げるときに投槍を投げつけて時間を稼ぎ、それでもどうしようもなくなったら一か八か斧で、というわけだ。そうならないように全力を注ぐつもりではあるが。
「かかれ!」
投槍が命中した直後ヘレンは号令をかけた。その瞬間、彼女の姿が掻き消える。“迅雷”の二つ名の由来を見せつけるかのように、彼女は一瞬で仮想邪鬼への間合いを詰める。
俺を含む前衛3人は左右に散って、ヘレンを追いかけるように仮想邪鬼に駆け寄る。その間、ヘレンは立ち位置を変えながら撫でるように仮想邪鬼の表面を斬りつけ続けている。
ここは申し訳ないが、あの剣でヘレンが本気で斬りつけると丸太くらいなら一瞬で細切れにされてしまうので、手加減をお願いした。
これまた邪鬼が実戦で細切れになって消えてくれるなら、それに越したことはないのだが、あっさりそうなるとも思えないので俺たちも戦闘に加わる場合を想定する。
ブゥン、と音がしてアンネの大剣が振り下ろされる。空気どころか空間ごとぶった切られそうな、重みののった一撃。それは仮想邪鬼を両断した。斬るというよりは完全に砕いている。
「やめ!」
ヘレンの号令がかかり、俺とディアナは仮想邪鬼が両断されているのも構わず槍を突き出した格好で止まった。もちろん槍はどこにも刺さっていない。
俺もディアナも槍を引っ込め、皆もそれぞれに構えを解く。
大して動いていないはずだが、槍と刀をさげての短距離走はなかなかだった。少し乱れた息を整えながら、俺はヘレンに聞いた。
「どうかな」
「全部上手くいけば瞬殺もいいとこだな」
「だなぁ」
俺の見たところ、並の相手なら少なくとも4回は死んでいる。
「まぁ、そうそう上手くいくとも思えないし、あともうすこし試したいな。矢じりはいっぱいあるんだよな?」
「ん? ああ。合間を見て作ったのがそれなりの数あるはずだが」
「じゃ、それを使ってアタイ達が動いてる間の援護射撃の練習をしよう。さっきのを見てたらサーミャもリディも当てられそうだし。当たったら痛いだろうけど、丸めてあれば大怪我にはならないだろ」
ヘレンの言葉を聞いて、全員が了解の声を返す。俺はふと空を見上げた。今日もいい天気で、ここらには日が差している。なんとなく、その中天にはまだ早い太陽の光が、俺たちを応援してくれているような、そんな気がした。