魔物
魔物退治と言われて、俺はホブゴブリンとの対決を思い出した。大黒熊と戦ったときもかなり危なかったが、周りに人がいたとは言うもののホブゴブリンの方が危なかった。辛うじて対応できただけで、下手すれば死んでいたかも知れないのは確かだ。リディが息を呑んでいたのも、あの時のことを思い出したのだろう。
「魔物ですか」
「ええ。とは言っても、ルーシーちゃんではありませんよ」
ねー、と言ってリュイサさんはルーシーを見た。ルーシーもしっぽを振りながら、わんわんと返事をする。
そりゃルーシーだと言われたら、相手が“大地の竜”だろうとなんだろうと抵抗するつもりだ。たとえ俺の薄氷でも傷をつけられない相手だったとしても。
しかし、そんな相手なら森の主や管理人が対応すれば良いのでは。そう思った俺は聞いてみることにする。
「リュイサさんやジゼルさんが対応しないんですか?」
「私が対応しちゃうと、地形が変わっちゃうのよね。それもやむなしとなれば遠慮はしないけど。ジゼルちゃん達は戦いにはあまり向いてないのよ」
ジゼルさんがすまなさそうに頭を下げた。いや、別にそれならそれで仕方ないと思う。向き不向きは何にでもある。
リュイサさんの場合は多分持ってる力が大きすぎて、微調整がきかないのだろう。例えばデコピンのつもりで直径10メートルものクレーターが出来てしまうとしたら、そうそう出張ることはしないだろう。それをしないと森の存続に係る場合は、本人も言っているように容赦しないのだろうけど。
「獣人族の人達に頼まなかったのは?」
「これはハッキリ言ってしまうけど、数を頼みにしない場合、この森の最強戦力があなた達だからよ」
リュイサさんの視線が俺を捉える。基本的には戦闘できないリケを除外したとしても、“迅雷”の二つ名をもつ最強の傭兵ヘレン、その最強とある程度タメを張れる戦闘力の鍛冶屋こと俺、“剣技場の薔薇”と謳われた剣の使い手ディアナに、純粋に力で勝り大剣を振り回す巨人族アンネ。
そこに優秀な斥候としての獣人族のサーミャと、弓と魔法の使い手であるエルフのリディがいる、となれば後いないのは回復する役目くらいなもので、ちょっとした軍の部隊くらいなら追い返せそうだ。
とはいえ、数ですり潰されたらひとたまりもなかろうが、そうでない相手であれば、俺たちをあてるのは正しい判断と言っていいだろう。
「なるほど……とりあえずお話は伺います」
「ありがとう」
リュイサさんは笑う。今のところは屈託のないと表現しても問題あるまい。本当に単なる適材としてスカウトしに来ただけ……と信じたいところだ。
「魔物には大きく分けて生き物に澱んだ魔力が宿ってなるものと、澱んだ魔力だけで発生するものの2種類あるというのは、これもエイゾウくんとリディちゃんは知ってるわよね」
「そうですね」
俺が答えると、リュイサさんは満足そうに頷いた。前者は基本元になった生物の特性を受け継ぐが、後者は生命あるものに対しての恨みのようなものだけで動いている……と俺は聞いた。
他のあまり知らなかったらしい面子……特にアンネは「そうなのねぇ」と言いながら興味深そうにしている。皇女として過ごす上で両者の違いは関係ないし、帝国では教えられなかったのかな。
「今回退治してほしいのは後者。居場所は洞窟の奥。強い魔物が発生してしまったのよ」
「今からでも行かなくて大丈夫なんですか? 強い魔物が発生してるということは、大量発生が起きてしまっているのでは? そうなったら食い止めるのは厄介ですよ」
これは遠征隊に従軍したときの印象だ。リディも強く頷いている。彼女たちが里を放棄しなくてはいけなかった理由がそれだからな。そしてここは“黒の森”である。討伐隊を編成したとて派遣するのが難しかろう。損耗率がとんでもないことになりかねない。まぁ、それで俺たちに頼みに来たんだろうけど。
「そうね。でも今回はなぜか魔物の大量発生はまだ起こってないのよ。感知した魔力の量の割に強いのが生まれているようなのは、大量発生の代わりなのかしらね。ともかく、のんびりしていて良いわけではないけれど、今日明日で対応しないと取り返しがつかなくなるということもなさそう」
「ふむ……」
1週間のんびりと準備、ってのはダメでも、明日1日しっかりと準備してから向かうのは大丈夫そうだな。慌ただしく出ていって事故になるよりはその方がいいのは当たり前だ。
「それで、相手がどんなのかは分かってるんですか?」
リュイサさんは一瞬間を空けた。俺たちでもヤバそうな相手なら、地形を変えてリュイサさんがやってくれるのがいいんだが。しかし、リュイサさんは俺たちに告げた。
「邪鬼という、巨鬼の亜種よ」