井戸屋形をつくる
とりあえず、これで水不足を心配することはそうそう無くなった。かと言って無駄遣いしていいものでもないのは変わりないが、冷房機器が存在しない場所で冷たい水を手軽に入手できるのはありがたい。
サーミャがやってみたいと言うので、桶を手渡す。よいしょよいしょと水を運び上げる彼女を見ながら、俺は言った。
「まずないだろうとは思ってたけど、湯が湧いてくるんでなくて良かったよ」
「そんなことあるのか?」
縄を引っ張る手を止めずにサーミャが聞いてきた。という事は“黒の森”に温泉はないってことか。俺は頷く。
「王国にあるかは知らないが、北方だと結構熱いのが湧いてるところがあるぞ。そこで湯に浸かる」
「へぇ……」
サーミャはあまり水が得意ではないらしい。それが虎の獣人だからなのか、それとも個人的ななにかなのかは知らない。
前の世界で虎が泉に浸かっている映像を見たことがあるから、こっちの世界でも虎が水に浸かるのは普通なのではと思っているのだが、実際のところは見てみるまではわからない。
少なくとも毎日身体を綺麗にしているのは確かだ……ディアナが前に言っていたので間違いなかろう。
「帝国にもあるわね。連れて行かれたことがあるわ。怪我や病気にいいとかで、悪いところがあったらお湯につけたり、お湯をかけたりするの」
傍で興味深そうに水を汲み上げるところを見ていたアンネが言った。こっちの世界でも湯治場という概念はあるようだ。違うのは全身をドボンと浸けるようなことはしないあたりだろうか。
「俺は行ったら浸かりたくなりそうだな」
「帝室専用のところもあるから、そこでなら平気なんじゃない?」
アンネがそう言った。帝室専用のところ、ってことは「そういうこと」を指しているのだろうなぁ。まぁ、彼女は笑っているので冗談か。……冗談だよな? 俺は苦笑しながら言う。
「家族みんなで行くってなったらお願いするよ」
アンネは「わかった」とだけ言って再び微笑んだ。
翌日、「早いに越したことはあるまい」となったので、納品物を作る前に井戸の設備を整える事になった。どうやら昨日の夕方、剣の稽古をした後に浴びた水が気持ちよかったのが決め手らしい。
滑車と釣瓶にする桶は俺が作り、井戸屋形は家族の皆に任せることにした。俺が道具を作るときは鍛冶仕事ほどでなくてもチートがあるからな。
滑車は全体を木で作ることにした。鋼で作らないのは重さだ。基本井戸の上に梁から吊るす形で設置するので、耐久性よりも軽さを優先させるわけである。
前の世界でも補修はしつつだとは思うが木製滑車がそれなりに残っていることを考えれば、そうそう簡単に壊れるものでもなさそうだ。それに、木製なら修理も難しいものではないだろう。材料は周囲にいくらでもあるのだし。
外に積んである木材からちょうど良さそうなものをピックアップする。作業は鍛冶場の外で行うことにした。鍛冶場の中、暑いんだよね。
滑車は乱暴に言えば、ぶ厚めの板を井桁に組んで真ん中に索輪になる円盤(と円盤を回すための軸)を入れておくだけである。これならチートとナイフ、ノミを駆使すればそんなに時間をかけずに出来るだろう。
ワイワイと柱を立てたり、屋根にする板を切り出している皆を眺めながら、俺は作業を始めるのだった。




