計画は進むもの
俺とヘレン、アンネで砂っぽい地層を掘り進めると、水の染み出すスピードが上がったようだ。加圧はされていないのでこんこんと湧いてくるわけではないが、それなりの水量が得られそうだ。
「深さはこれくらいあれば良さそうだな。一旦これで枠を作って様子を見るか」
「そうだな」
俺が言うとヘレンが頷いた。恐らくは期待しているくらい溜まってくれると思うが、もしそうでなかった場合に埋め戻してしまっているとまた作業が必要になるので、水槽のようにしておいて必要な量が溜まるかの確認を先にしておくのだ。
土留に用意してあった板を組み合わせていく。石積みを作るのはまた後だ。やがて雨季に作った貯水槽のようなものが穴の底に出来上がる。
あれはそれなりの長期間使うことを考えて、板同士の噛み合わせなどもきちんとしたが、これは試しにやっているだけなので、とりあえず板を積み上げて杭で固定しておくという簡単な作りだ。まぁほぼ土留だな……。
これでどこまで溜まるか、大体のところが見られればいい。多少漏れようが崩壊しようが良いってのは気が楽ではあるが、どうも「これでいいのだろうか」てのが残ってしまうのがよろしくないな。
「あとは……埋め戻すまでは柵も作っておくか」
俺は穴の底から上を見上げて言った。こうして見るとおおよそ5メートルと言うのはなかなかの高さだ。前の世界で言えばビルの2階くらいの高さに相当するから当たり前ではあるのだが。この高さをなんかの拍子に落っこちたら大変だ。大怪我は勿論、ひょっとしたら命を落とす可能性だってある。
家族全員に声をかけて、柵を作り始めた。これまた土留用に準備してあった杭に板を釘で打ちつける。腰くらいと脛あたりの高さに1枚ずつ板がついているので、柵にぶつかった勢いそのままに落ちることはないだろうし、ルーシーも低い方の板で守られるはずだ。
家族総出で作った柵はあっという間に出来上がった。急造にしてはしっかりしていて、俺が軽くぶつかったくらいではビクともしなかった。
「さすがに皆慣れてきたな」
「そりゃ、あれだけやってればそうもなるわよ」
笑いながらアンネが答える。彼女も立場的には未だ帝国の第七皇女のはずなのだが、うちで“人質”として暮らしている間に、こういった作業にも慣れたようだ。いずれ帝国に戻ることになっているが、戻ってからやたら現場作業に手慣れている皇女、とか大丈夫なのだろうか。
いや、あの御仁だと下々の作業を一定の水準で出来るのは、それはそれで良いとか言いそうだな。俺は脳裏にとある人物を思い浮かべてこっそりと苦笑した。
苦笑をすぐにかき消した俺は、家族の皆に今日の作業終了を伝える。皆は口々に井戸ができた後の話を楽しそうにしながら、家に戻った。
翌日、朝の日課を終えた俺達は、それぞれ道具を持って井戸(未完成)のところに集まる。
「さてさて、どうなってますかね」
上から覗き込むと、かんたん貯水槽には水が溜まっていた。昨日は水全体が茶色く濁っていたが、今溜まっているのは澄んだ水のようだ。俺たちはゾロゾロと穴の底へと下りていく。
ただの確認だし、この後石を持ってきて積まないといけないので、全員で降りる必要は全く無いのだが、どうなっているのか気になるのは全員同じ、ということだ。
井戸は自噴してはいないので、大幅に溢れるようなことはなかったようだが、近寄ってみると結構な量が溜まっている。そっと手を入れてみると、かなり冷たい。
試しに持ってきた桶に水を汲んでみた。やはり桶の底がちゃんと見えている。俺はその水をリディに見せてみた。リディはなにやらゴソゴソとしたあと、水をひとすくい飲んでみている。
俺たちはその様子を固唾を飲んで見守った。ここまで来て「この水はダメだ」とか言われたらどうしよう、と言う不安が今更ながらに脳裏をよぎった。
コクリ、と水を飲んだリディは、俺達の方を振り返った。ゴクリ、と誰かがツバを飲み込む音が聞こえたような気がする。
そして、リディは静かに微笑んだ。
「水の量、質ともに大丈夫だと思います。このまま進めましょう」
水が出たときのような快哉はなかったが、俺達は互いに手を打ち合わせる。次に大喜びするのは井戸がちゃんとできたときだ。
「よし、それじゃあ石を積もう。埋め戻しも頑張らなきゃな」
俺がそう言うとサーミャは言った。
「エイゾウがめちゃくちゃやる気出してるな」
その言葉に俺は力こぶを作ってやる気をアピールした。それを見て家族皆が笑う。
“黒の森”という物騒な土地にいながら和やかな俺達は、それぞれの作業にかかっていった。