井戸計画
水がじんわりと湧いてくるのをみんなで眺めながら昼飯を終えた。わずかだが、穴の底に水が溜まっている。バケツくらいの大きさの桶を用意したとして、その半分くらいだろうか。まだ水が濁っているのでやろうとは思わないが、今日ルーシーが飲むぶんくらいがあるかないか程度である。夏だから少し足りないかも知れないな。
「もうちょい掘ってから、周りを囲うか」
「そうですね」
俺が言うと、リディが頷く。こんこんと湧いている必要は無いが、ある程度は水を湛えていてくれないと井戸として役に立たない。
もう少し掘り進めて、少なくともその日の生活で使う水が常に確保できるくらいにはしておきたいものだ。もちろん、風呂計画を考えればもっとあるに越したことはないのだが。
「リケたちは石を集めといてくれるか? 一番下をそれで囲うようにする」
「わかりました」
「あとは周囲を埋め戻しながらの作業だな」
ひとまずは井戸というよりは「濁っていない水の溜まった穴」を作る。落ち葉などのゴミがなるべく入らないようにするのと、安全のために普段は蓋をしておくとして、四阿や釣瓶はその後で作ろう。うちの家族は大半が腕力に自信があるので、汲み上げは桶に縄をくくりつけて直接汲み上げる方式でも、しばらくは問題なかろう。
そうは言っても力が必要ならその分疲れるわけだし、それで普段の作業に影響が出過ぎるのもよろしくない。それに、リディのように力がない人でも汲み上げることができるようにしておかないと、あまりない事態だとは思うがリディが1人のときには井戸が使えないことになってしまう。なるべく早くに解消したほうがいいだろうな……。
ともあれ、水量を増やすのが先決だ。俺とヘレン、アンネはスコップを持って穴へ下りていく。
「俺は“遺跡”に入ったことはないけど、こんな感じなのかね」
「アタイはあるぞ。短すぎるけど、感覚的には似てなくもないな」
ヘレンが胸を張った。傭兵(まだ現役ではある)の彼女は依頼を受ければ“探索者”のようなことも請け負うのだろう。
「へぇ。ちょっと興味あるな」
「丁度いい遺跡があればいいんだけど、そういうのはさっさと探索者達が入っちまうからなぁ」
「そりゃそうか」
この“黒の森”の中にさほど危険でない遺跡があればいいのだろうが、そんな状況はそうはないだろうな。獣人たちや妖精たちを除けば、今この森に住んでいるのは俺くらいなもので、つまりは普通の人が生活するのには適していない。となれば、遺跡を作るような人々がここに居住か駐留かはともかく、生活していたとは考えにくいわけで、つまりは遺跡が存在する可能性は限りなく低いわけである。逆に森の外となると、ヘレンが言うようにそれを仕事にしている探索者達が見逃しはすまい。
まぁ、俺はちょっと変なところに住んでる鍛冶屋だからな。せっかくの異世界だし興味はあるが、機会があればくらいでいいや。
「そういえば、ちょっと前に王国でも新しい遺跡が見つかったみたいだったけど」
俺たちの話を聞いて、アンネが言った。そう言えば都で探索者がウロウロしてたな。俺はここではたと気がついた。
「もしかして、ここ最近アダマンタイトだのメギスチウムだのが出回ってるのってそれもあるのか?」
「ああ。可能性はあるわね……。だとしたら“当たり”の遺跡が出てきたってことになるけど。全部王国行きよね」
「まぁ、王国の遺跡だろうからな」
「そんな遺跡がまだあるのねぇ」
遺跡にも色々あって、大したものがなかったりする「外れ」もあれば、金銀財宝――元は軍資金やなんやらしい――がザクザクある「当たり」もあるらしい。当たりの遺跡は大抵大きく、魔力が澱みやすいので魔物が湧いていることもザラだとか。
当たりの遺跡が出れば、その危険を冒そうと思うくらいの財宝で国が潤うこともあるわけだ。「だから探索者を規制しにくいのよね」とはアンネの言である。帝国も多かれ少なかれ恩恵に与っているのだろう。
ただ勿論、それなりに時の経っている世界である。大きなものは見つかりやすい。そんなわけで近頃は当たりの大物遺跡はめったに見つからないと聞く。今度カミロにどこで見つかったのか聞いてみるか。彼なら知ってるだろう。
「よーし、じゃあ作業を再開するか」
『はーい』
俺の声に2人の声が返事をする。俺は水が染み出す地面にスコップを突き刺した。