アダマンタイト
「アダマンタイト……」
「ええ」
ボーマンさんは微笑んだままである。それがあることが当然であるかのように。
改めて手にとって見ると、重さの割にそんなに大きくはない。どれくらい精錬されているのかは分からないが、ほぼ減らなかったとしても刃物ならナイフを作って少し余るかも、くらいの量である。
やたらと硬いのがアダマンタイトの特性だとしたら、細くても相当に折れにくい細剣が出来上がる可能性は高いが、普通の長剣は無理だろうな。
しかし、そんな量でも金貨にすれば相当な額になるだろうことは予想できた。加工するのに相当に難儀したのは確かだが、材料はいわば持ち込みだったし手間賃としては破格もいいところだ。
「このアダマンタイトだけでも報酬としては十分なのでは」
「ええ、本来であればそうでしょうとも」
つまり、金貨の分は多いのではなかろうか、ということを言いたかったのだが、サラリと流される。ん? “本来であれば”?
「てことはこの金貨は」
「“災厄除け”の分、ということでございました。少なかったでしょうか?」
「いえ、その逆で……」
確かに指輪には災厄除けまでついたが、あれは何というか成り行きのようなものだし、何より俺が手を入れたわけではない。
それに対して金を貰っても良いものだろうか。タダでもいいと思っていたくらいなのだ。勝手に追加されたものでもあるし。
しかし、ここで俺が固辞してもボーマンさんが困るだけである。マリウスは間違ってもそういうやつではないが、支払うと言った報酬を断られるのはメンツが立つまい。無理矢理にでも押し付けなかったことの責任はボーマンさんが負うことになる。
「なるほどそれでか……」
まぁつまり、ここで俺が断れないようにボーマンさんだけを寄越し、マリウスはいないのだ。家の主人相手なら頑として押し切るが、使用人相手には出来ない客、という意味不明な人物に対応するなら、なるほど正しい選択であろう。
「わかりました、降参です。こちらは有り難く頂戴しておきますよ」
「そうしていただけますと、わたくしとしましても大変ありがたい限りでございます」
ボーマンさんはそう言って深々と頭を下げた。俺もそれに合わせて頭を下げる。水飲み鳥のようにペコペコのしあいにはならなかったが、お互いにフフッと笑う。
そこへ家族がゾロゾロと戻ってきた。先導してきたのはカテリナさんである。みんな見慣れた姿に戻っている。
入ってきながらサーミャとディアナが会話をしていた。多分廊下を移動する間もずっと話をしていたのだろう。他の客が皆帰った今では誰に遠慮することもない。ましてディアナは本来この家の人間である。
「言っておくけど、私やアンネでもこっちのほうが楽だからね」
「そうなのか?」
サーミャはアンネの方を振り向く。そのアンネは返事の代わりに肩をすくめた。コルセットのようなものはまだないが、それでもドレスが窮屈であることには変わりないらしい。
「ずっと着てる人はいるけど、単に人と会う機会が多くて脱ぐ暇がないだけよ」
「前にお母様がボヤいてたわね……。私はそんなでもなかったし、なるべくなら着てない時間を長くしたいわ」
「はー、大変なんだなー」
サーミャと同じようにリケとリディ、そしてヘレンも感心している。ヘレンはしょっちゅう着る側に回っていた可能性もあるんだが、それは言うまい。
「あっ! これはもしかして!?」
部屋に入ってきたリケが、テーブルの上に出しっぱなしにしてあったアダマンタイトに気がついて、跳ねるように飛びついた。
「アダマンタイトらしいぞ」
「おお……これが……」
リケがいつもの服装で良かった。さっきのドレス姿だと違和感バリバリだったろう。
「触っていいぞ。報酬として貰ったもんだから、うちのだ」
「おお……」
完全に語彙力が低下しているリケはそろりと塊を手にとった。
「親方、これを加工するんですか?」
「ん? そうだな……」
キラキラと目を輝かせてリケが言った。他の家族もワクワクを隠しきれない感じがする。俺の思いすごしでなければだが。
俺は小さくため息をついてから言う。
「そうだなぁ。帰ってすぐじゃないが、そのうち何かにしたいとは思ってるよ。ヒヒイロカネもあるし、ちょいと先にはなると思うが」
俺の返事にリケは「わあ!」と喜色満面の笑みを浮かべ、他のみんなは呆れ半分可愛さ半分でその様子を見ている。
「あ、すみません、ボーマンさん、そろそろお暇しますね」
「いえいえ、どうぞごゆっくり」
うちの家族に負けず劣らず慈しむ目でリケを見ながらボーマンさんは言った。俺はテーブルの上にばらまいた報酬を袋に回収する。
「さて、じゃあ帰るとしようか」
皆から同意の声が返ってきて、ボーマンさんは「ではこちらへ」と先導をはじめるのだった。