祝宴
「それではこれを」
侯爵がそう告げると、そっとボーマンさんが侯爵に布にくるまれた何かを差し出した。侯爵がそれを開けると、黄金色の小さな輪が2つ寄り添っている。
新郎新婦の2人はそれぞれ指輪を手にし、向かい合った。
2人は手にした指輪をそっとお互いの指にはめ、見つめ合った。おっ、これはもしや。思わずオッさんらしい心が零れそうになるが、口に出すのは下品にも程があるのでこらえておいた。酔ってるわけでもないしな。
そして2人は口づけあう。ごくごく軽いキスだ。再び万雷の拍手がホール内を満たす。
これで名実ともに2人は夫婦になった。拍手をしながら、俺は自分の胸の内も温かいもので満たされていくのを感じていた。
「皆様、ありがとうございました。ご着席ください」
参列者たちはボーマンさんの言葉で着席した。侯爵も自分の席、つまり俺の隣に戻ってくる。すぐにカップが置かれて、そこにワインらしき酒が注がれていく。カップは安全を考えてなのか割れてしまう陶器やガラスではなく、木製のものである。
木製ではあるが、庶民の家にあるような若干作りが雑なものではなく、丁寧に表面が磨かれたきれいなやつだ。その辺は流石に伯爵家の祝宴といったところか。
この後は食事会のようなもので、この時に立ち歩くのはあまりよろしくないらしい。
前の世界だとご親族の方々にビールを注ぎに行ったり注がれたり、あるいは新郎新婦にちょっかいをかけに行ったりする時間だが、この世界ではそういうことはしないようだ。
いやまぁ、伯爵家という家格の結婚式でやるこっちゃないと言われたら、それまでかも知れんが。
「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます」
マリウスが朗々とした声で言う。最も大事なところは乗り越えたからか、先程までの緊張はやや鳴りを潜めていた。
「若輩者の私達であります。また、私は伯爵家を継いでそう間もありません。これからも皆様にお力添えをお願いすることも多々あるかとは思いますが、どうぞご寛恕いただければと」
スッと手にしたカップを掲げるマリウス。
「本当にありがとうございます。乾杯!」
掛け声で参列者全員カップを掲げ、「乾杯!」と唱和した。乾杯の音頭は侯爵が取るのかと思っていたが違うようだ。
俺も皆と同じようにカップの中身を呑む。なかなか美味いと思うがそこそこのアルコール度があるように感じる。それでも侯爵はグビグビいっているが、俺は弱いから遠慮しとこう。
前のときは適当に料理が配られる感じだったが、今日は一皿ずつ持ってくる形式らしい。所狭しと使用人さん達が歩き回って配膳をしていっている。
それを待つ間、侯爵が俺に話しかけてきた。
「お前のところにはドワーフもおるのか」
「え? ええ」
「弟子か?」
「ええ、そうですね」
俺の答えを聞いて、納得したように侯爵は頷いた。
「ふむ。良い飲みっぷりだ」
「そこは否定できませんね」
俺は苦笑した。侯爵に負けず劣らずグビグビいったのがリケである。最初の杯を乾したかと思ったら、既に三杯目を注いでもらっている。ディアナもアンネも止める様子がないから、任せておこう……。
そして侯爵はドワーフの慣習を知っているらしい。侯爵くらいになるとそういうことにも知悉していないといけないのだろうか。やはり俺には貴族は向いてないな。
そして運ばれてきた料理は、前の世界で言うところのフランス料理とイタリア料理の中間のような感じだった。
高級レストランと言われて思い浮かべるあの感じだが、ソースがオシャレになっていたり、付け合せがよく知らない野菜だったりということはなく、言葉を選ばずに言えばもっと素朴である。
最初に出てきたのが煮るか蒸すかしたらしい根菜と芋にソースのかかっているものである。食べてみると素材の味とソースの柑橘系らしき味が口に広がってなかなかに美味い。
こういう場では珍味や香辛料の類が好まれる、と聞いたことがある。美味いマズいは全く関係なく、それを入手できるだけのコネやツテ、そして経済力があることを示す絶好の機会だからだが、マリウスはそれを良しとしなかったらしい。
それにしても、この感じはどこか舌に覚えがある。前の世界の結婚式か? 最後に出たのは確か部下のだったような気がするが、それももう何年も前のことだしよく覚えてないな。
「これはうまいな」
「ええ。料理人は良い腕をしています」
その(おそらくは)前菜が終わると、小さめの肉が出てきた。香辛料がかかっているようだが、肉の表面が見えないということは全く無い。ナイフで切り分けて口に運ぶ。
「!?」
これを食べて俺は目を見開いた。かかっている香辛料のものだろう、ピリッとした辛味がいいアクセントになっていて美味いということもあるのだが、この味付けの感じから言うと俺の思った人物が作ったことになるからだ。
「なあ、これって」
隣に座っているサーミャも一口食べて驚いた後、俺に小声で話しかけてきた。俺は頷く。
「ああ、こりゃ多分“おやっさん”のだ」
「だよな」
納得を笑顔で示して、サーミャは次の一口を運ぶ。「んー」とか言いながら喜んでいるから、味は問題ないのだろう。
俺達とは別のテーブルで食べているマリウスをチラッと見ると、目があった。俺は皿を指差す。すると、マリウスがいつものイタズラっぽい顔でニヤリと笑った。
見間違いだったかと勘違いするほど、すぐにその笑顔は消え、俺はため息をつく。確定だ。これはサンドロのおやっさんの料理だ。おそらくはボリスとマーティンも来てるな。
にしても、おやっさんも巻き込まれたか。ぶつくさ言いながらも嬉しそうに厨房を歩き回り、ボリスとマーティンに大声で指示を出しているであろうおやっさんを思って、俺はクスリと笑みが溢れるのだった。