結婚式へ行こう
家族会議を終えると、俺たちは“いつも”に戻る。とは言っても、どこかしらソワソワしているのは仕方のないことだろう。お祝いごとに関われるのは純粋に嬉しいものだし。
そんなワクワクは鎚にも伝わるのか、心なしかいつもより仕上がるのが早い気がする。
そんな順調なある日の夕食。
「そう言えば、飯って美味いのが出るのか?」
という疑問がサーミャから出てきた。彼女も人間族の結婚式に出たことはない。同族のなら親に連れられて、とかで経験があるかも知れないが。
まぁ、それはサーミャに限らずディアナとアンネを除くみんなも同じだ。ヘレンは身分上の問題(傭兵を結婚式に呼ぶ貴族はあまりいない)で、俺は前の世界ならいざ知らず、この世界では出たことはない。だからこそ作法について確認したわけだが。
「そりゃあ、基本的に身内のお祝いとは言っても貴族の宴だからねぇ。ここでケチって見くびられる方が厄介だから、それなりのものは出るはずよ」
答えたのはディアナだった。隣でアンネがうんうんと頷いている。
貴族の宴というのはそれを開催できるだけの資金力と人脈があるぞ、ということを披露する場でもある。
そこでケチって「あの家の資金力や人脈は大したことがない」と思われてしまうと、さまざまに無茶な要求などをしてくる可能性も十分にある。
ディアナの言葉を聞いてサーミャが再び口を開く。
「前に都で食べたみたいなのか?」
サーミャが言っているのはおやっさんの店のことだろう。どうやら気に入っているらしい。他の店を知ってるかどうかはともかく、あの店になら通ってもいいと思えるのは確かだ。
「どうかしらねぇ。うちの料理人も腕は悪くないと思うけど、あそこのご主人と比べると落ちるのは仕方ないわね」
「もしかしたら呼んで来るかも知れないな」
「ああ……。それはあり得ると思うわ」
俺の言葉にディアナは深く頷いた。
「マリウス側の思惑というよりは、呼ばないとおやっさんが『俺たちにやらせないたぁ水臭ぇな!!!』って怒鳴り込んできそうなんだよな」
「それも確かにそうね」
今度は家族全員が深く頷いた。アンネだけ他の家族とは別の機会にだが一緒に行っているから、あの店とその従業員がどういう連中かは他の家族同様知っている。
「おやっさんが作るのでないにせよ、滅多なものは出てこないだろ。そこは期待していいと思うぞ」
「分かった」
サーミャはそれで納得したようだ。しかし、結婚式の料理か。前の世界でもどういうものにするか、新郎新婦の間で悶着が起きることがあると聞く。俺は幸か不幸かそれを経験することはなかったが。
マリウスが家を継いだ時の祝いの席には、エイムール家の使用人さんたちが作ったものが並んでいた。まさか前の世界のお節料理みたいに験担ぎの料理が目白押しということもあるまいが、誰が作るにせよ、メニューは違っているだろう。
真似出来そうなら、うちのお祝いの席で出してもいいかも知れないなぁ……。
そうこうしている間に時間は過ぎ、納品の日が来た。いよいよ浮き足立ってはきたものの、基本的にはカミロの店に行く間も、納品作業もいつも通りである。
違いと言えば、俺たちが昼過ぎくらいに着くとカミロに伝えたことと、それを聞いたカミロが「その頃には俺もいると思う」と返したことくらいだ。
いよいよ明日でバタバタしてたら間に合ってないってことだからな。あっさりとしたものだ。
帰りもいつも通り(俺が丁稚さんの頭を撫でてチップを渡すのもだ)にことが進み、あっという間に、その日の朝を迎えた。
「衣装はともかく、身体は綺麗にしておかないとな」
水汲みの時にクルルとルーシーを綺麗にするが、俺も含めていつもより念入りに綺麗にしておいた。田舎の鍛冶屋なのは間違いないのだが、友人に恥をかかせない程度に身綺麗にはしておきたい。
家に戻ってくると、みんなも念入りに身支度をしていた。リケがディアナの髪を梳っているが、それもいつもより入念だ。兄の結婚式だしなぁ。
「先に行っても良かったのに」
「あら、私だけ仲間外れ?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「分かってるわよ」
ニヤッとお嬢様らしくない笑い方をするディアナ。
「ありがとう。兄さんも大事だけど、今の私の家はこっちだからね」
「そうか」
俺はそれ以上何も言わなかった。言う必要もないだろう。
「さて、それじゃあ準備ができたら、ゆっくりのんびり向かいますか」
俺の言葉に、みんなから「おー」という了解の声が聞こえた。