妖精さん、街へ行く
翌朝、水汲みから戻ってくると、リディと妖精さん2人が表に出ている。
「おはよう」
『おはようございます』
俺が声をかけると、3人が振り返った。
「3人が表ってことは、魔力かな?」
「ええ」
俺の問いかけにはリディが答えた。妖精さん達がなんと言っていいか、まごついている間にリディが答えてしまった形だ。妖精さん達がリディをじっと見つめている。
「エイゾウさんは知ってるから大丈夫ですよ」
「そっかぁ」
リージャさんがホッと胸をなで下ろす。いや、あの治療法で身体の維持に魔力が関係してることが分からないってのはないと思うのだが……。
いや、でもなんかよく分からんが治るとだけ知っている可能性はあるか。
医療という点では、薬も効果のある、あるいはそう言われている薬草の投与で、それの何の成分がどう効いているのかは分かっていないようだし、病気に効く魔法もあるにはあるようなのだが、何がどうなって治るのかは分かっていない。
前の世界でも風邪薬の何がどうなって風邪が治っていく(直接は効果が無いにせよ)のかは俺もよくは知らなかったしな。
「今日は街へ行くもんなぁ」
「ええ、それでお二人にも声を」
「なるほど」
この“黒の森”とは違い、街は魔力がほとんど無い。身体の維持のうち、食事でまかなっている部分も多いリディやクルル、そしてルーシーはともかく、その逆で身体の維持がほとんど魔力だよりの妖精さん達には辛いかも知れない。
その辺を2人に聞いてみると、
「1週間も2週間もとなると厳しいですが、1日くらいなら平気ですよ。人間族だって1日くらいご飯を食べなくても死なないでしょう?」
とのことだった。そりゃそうか。
それでも1日メシを抜いたら腹が減るのは人間でも変わりないし、体調を崩すことだってある。
そんな状態は少なくすべきではあるな。用事を済ませたらさっさと帰ることにしよう。
朝食を終えて、納品物を荷車に載せていく。指輪2つは袋に入れた上で、小箱にしまい込み、贈り物の2振も納品物とは分けておいた。
荷物を積み終えたら、今度は人間達の番だ。ルーシーも含めて家族が全員乗り込んだあと、妖精さん達がふよふよと飛んで乗り込んだ。
ルーシーが妖精さん達をじっと見つめている。尻尾をパタパタ振っているから、警戒しているわけではなく物珍しいだけだろう。
「妖精さんを脅かしたらダメだぞ」
「わふ」
俺が声をかけると、分かっているとばかりに返事をした。お利口さんなのは助かる。
このやりとりを見て、妖精さん達がそっとルーシーに手を振ると、ルーシーはより一層尻尾のパタパタを速めた。
森の中では姿を隠す必要はない。初めての荷車からの光景に、妖精さん達ははしゃいでいる。
「走竜って速いのね!」
「荷車も聞いていたよりは揺れないわ!」
クルルが速いのも、荷車が揺れないのも通常とはちょっぴり事情が違うのだが、このタイミングでそれを言って興を削ぐ必要もあるまい。
なぜか一緒になってはしゃいでいるルーシーも含めて、俺たちは微笑ましくその光景を見守る。
うちに“娘”は2人いるが、人間かあるいはそれに近しい種族の子供がいればこんな感じなんだろうか。
そんな思いとはしゃぐ妖精さんを乗せて、クルルの牽く荷車は森を抜けていった。
やがて街道に出ると、
『うわぁーーー!!』
と2人の声が聞こえた。
そうか、森の中に草原はないからな。あるのは大きな湖で、その周囲に木が生えていない箇所もあるが草原と言うほど広大ではない。
2人は生まれて初めて見るのであろう草原に、キラキラと目を輝かせている。俺たちにとっては見慣れた光景。
それも立場が違えば新鮮な感動をもたらすものなのだ、ということをすっかり忘れていたように思う。俺はなんとなく気恥ずかしさを覚えながら、2人に言った。
「時折は人とすれ違うので、そのときは姿を隠してくださいね」
『わかりました!』
草原に目を釘付けにしながら2人は返事をする。途中2度ほど馬車とすれ違った時に隠れて貰った以外は、2人はずっと草原を眺めていた。
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