夫婦剣
「妖精さん達は鋼をどこから調達してるんです?」
まさか無から生み出しているわけでもあるまい。自ら生み出せないのなら、どこかから調達しているはずである。
その取引が円滑にいっているなら、わざわざ手出ししようとは思わないが、適正でないならうちから持っていってもらってもいいと思っている。同じ森に住むよしみでもあるし、妖精さんたちも移動が少ない分楽だろう。
「大体は獣人の長に持ってきてもらえるよう、頼んでます。ちょっとした祝福と引き換えに、ですが」
「なるほど」
じゃあ、どのみち“黒の森”の中で循環はしているわけだ。そりゃそうか、俺がここに来る前から営みはあったのだから。
「まぁ、我々が武器を使うことはめったに無いので、それも数年に1度といった頻度ですが」
「じゃあ、そもそもそんなに必要ではない、ってことですか」
ディーピカさんは頷いた。
「ええ。修理するくらいの分があればいいので。新しく造ることはまずないですからね」
それじゃ、うちが手出しすることは何もないな。妖精さんサイズとなると、それこそお人形さん向けの大きさになってしまう。作れなくはないだろうけど、ドワーフでも作るのは難しいだろうなぁ。
「ああでも、ここの鋼なら機会があれば分けていただきたいかも知れません。今は長がいないので勝手に決められないですが」
「それはいつでも歓迎しますよ」
その言葉に「ありがとうございます」と返すディーピカさんの言葉を聞きながら、俺は冷えた板金をヤットコで掴んだ。
「やっぱり違うんだなぁ……」
俺がヤットコで掴んだ板金を見てサーミャがそう漏らした。彼女はこのメンバーの中だとリケを入れても1番長く板金を作っていることになる。流石に良し悪しがわかるようになってきたか。
「わかるか?」
「どこがどう、とかはわかんないけど、アタシらが作ったのとは全然違うのはわかるぜ」
「本職でもないんだし、この期間でそこまでわかるようになれば十分だと思うけどね」
「そういうもんかな」
「そういうもんだ」
別にこのレベルを全員に課すつもりはないしなぁ。チート持ちとそれ以外の差もさることながら、最初からこのレベルである必要性はそこまでない。
その後の作業はと言うと、いつもどおりと言えばいつもどおりだ。成形し、整え、焼入れ(と焼戻し)して、研ぐ。
いつもと違うのは今回は特注品なので魔力を限界まで込めることと、整える前の工程だ。
熱して形を整える。もう何度も繰り返してきたことなので、目を閉じていてもできそうなくらいだが、集中して行う。
やがて、ほとんど修正もいらなさそうな両刃ナイフが姿を見せた。一体にしてあるのですでに鍔と柄も形ができている。
普通ならこの後ヤスリなんかで僅かな凹凸を均したりするのだが、今回はその前に少しだけ手を加える。
俺はナイフを固定すると、タガネで彫刻を入れていく。入れるのは小さめの薔薇の花。守り刀とおそろいのものである。
守り刀とおなじように鞘に入れることも考えたが、あまり目立たせたくないのもあって、めったに見せることはないであろう箇所に入れることにしたのだ。よりによって薔薇にしてしまったので、少し苦労はしたが無事に1輪の薔薇がナイフに咲いた。
「よし、これでいいかな」
その身に薔薇を宿したナイフを守り刀の横に置いてみる。二振りのそれらは、まるで夫婦のように寄り添っている。
「はー、見事なものですねー」
リージャさんが心底感心した様子で言ってくれる。
「ありがとうございます。まぁ、これが仕事ですからね」
そう、俺の仕事は鍛冶屋なのだ。このところ若干切った張ったが増えていて、見失いそうになることもあるが。せっかくもらったものを無為にはしたくないものである。
「それじゃあ、仕上げていきますね」
「はい! 見てます!」
元気なリージャさんの言葉にやる気を回復させながら、俺はヤスリを手にとった。
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