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鍛冶屋ではじめる異世界スローライフ  作者: たままる
第9章 伯爵閣下の結婚指輪編

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鞘の色

 筆を緑の染料につける。スッと筆の先が緑色に染まった。その緑を鞘に彫った薔薇の葉に移していく。染料というものは名前の通り浸透させ、染めて着色する。浸透した分だけ色がつくわけだ。

 赤の染料も一発で綺麗な赤がのったわけではない。今のところはまだ薄い赤にしかなってない。


 だと言うのに、この緑はほぼ一発で緑になっている。流石に木目が消える程ではないが、これ以上は着色の必要がなかろうというくらいの色味だ。

 染料はいくら塗り重ねても木目が消えることはまずないので、これは塗り終わったら緑の方は一発で終わりだな……。


「確かにこれは濃いな」

「でしょう?」


 得意げにリディが胸を張った。でもそれも分かるくらいの濃さだ。

 ペタペタと塗料を塗っていき、やがて緑の葉と鮮やかな薄い赤の薔薇が姿をあらわす。


「ふむ」


 薔薇の赤もあまり濃すぎないほうが、このあと白い顔料を塗らない場合でも綺麗な気もするな。染料自体は他の用途にも使えるわけだし、使い切る必要もない。

 このままだと水に濡れた時に染料が流れてしまうので、テレピン油のようなもので保護をしたほうが良さそうだ。

 顔料がカミロのところにあれば、あるとは思うのだが、これも次行った時に聞いてみないといけないな。


「きれい!」


 思わずだろう、一旦塗装を終えた鞘を後ろから覗き込んでいたリージャさんが声を上げた。シーッとディーピカさんが窘める。


「あっ、ごめんなさい……」


 リージャさんはシュンとしてしまう。俺は思わず笑顔になりながら言った。


「いえいえ、気にすることはないですよ。妖精さんのお墨付きなら、これで仕上がりとしましょうかね」


 今度は喜色満面の笑みを浮かべるリージャさん。なんだか社会科見学から、「お父さんの職場訪問」みたいになってきたな。


 妖精さんのお墨付きで思い出したが、ジゼルさんが指輪にかけてくれた祝福ってなんなんだろう。ざっくりと「祝福を与えた」としか聞いてないな。

 2人が知ってるかは分からないけど、聞いてみるか。


「そう言えば、ジゼルさんが祝福をくれたんですけど、具体的にどんなものとかあるんですか?」

「どんなもの?」


 ディーピカさんが小首をかしげる。もしかして種類がないとかだろうか。


「病魔退散とか、恋愛成就とか……」

「ああ」


 ディーピカさんは手をぽんと合わせた。まぁ、結婚指輪だというのはジゼルさんも知っているから、祝福の種類があったとして後者はないだろうが。


「長がどんな祝福をしたのかは、祝福を授けたものを見てみないとわからないですねぇ」

「ああ、それなら」


 俺は神棚のところに置いてあった指輪を持ってくる。手のひらに載せて、ディーピカさんたちに差し出した。


「これなんですが」

「どれどれ」


 指輪を覗き込むディーピカさん。リージャさんも一緒になって覗いている。


「これは災厄除けですね。良くないことから身を守ってくれます」

「へえ」


 俺は指輪をつまみ上げた。いつもと変わらずキラキラと輝いている。


「長が授ける祝福としては一二を争うくらいのものなので、それを受け取る人は幸せ者だと思います」

「それはそれは」


 治療の前払いとしては破格の報酬を払ってくれたらしい。そもそも値付け不能なレベルだろうが、友人夫妻の安全が買えたと思えば、今後ずっと無償で治療してもいいくらいだな。


「ちなみに防いだ災厄が他に降り注ぐなんてことは……」

「ないです」


 ピシャリとディーピカさんに否定されてしまった。前の世界の感覚だと、悪意なくえげつないことをする印象があるからな……。


「どうも人間たちには何か大きな誤解があるようですね」

「ああいえ、多分私だけですよ」


 前の世界の感覚を持っていると、この世界との誤差に戸惑うこともある。多分この世界では妖精は違った存在なのだろう。と、思っていたのだが。


「いいえ、長曰く、『妖精は人を惑わしてさらっていく』という人もいるそうです!」

「ああ……」


 こっちの世界でも妖精さんの扱いはあまり変わらないらしい。

 俺は苦笑しながら、すっかり憤慨しているディーピカさんをなだめるのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 地球だと人を攫ったり殺したりする民話があるのは妖精っていうかエルフかな ゲーテの魔王もエルフの王だし エルフとゴブリンは民族大移動でいろんな土地の話が混じって地域ごとに姿も性質も全く違ってた…
[良い点] 気になっていたジゼルさんの「祝福」の正体が判って良かったです。 でも、メギスチウムは相手から渡されたものですが、その加工を成功させた上、稀少で貴重な「妖精の祝福」まで付与させて納品した、と…
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