二輪の花
妖精さん2人に見守られながら、真っ赤な染料を鍋から小瓶に移した。ガラス瓶なら赤が綺麗だったかも知れないが、残念ながら素焼きの小瓶である。
水分が抜けて粘度が増したりしてないかは、時々確認の必要がありそうだな。
筆はこの工房に元々あったものを使う。そのうち狩った猪の毛で筆や刷毛を作ったほうが良いかも知れない。
「材料があれば、黒漆に金象嵌か螺鈿でも良かったかもなぁ……」
筆に染料を含ませながら、俺はひとりごちた。結婚の祝として黒はどうなんだという話はあるにせよ、その後もし護身用に持ち歩くなら黒地に螺鈿や金象嵌もなかなかのものだと思うのだ。流石にメギスチウムを象嵌するのはやりすぎだろうが。
だが、今ないものは仕方ない。いずれ俺の薄氷の鞘で試してみよう。
そろりと染料を含ませた筆を鞘に当てる。染料は吸い込まれるようにして筆から鞘に色を移した。顔料を使った塗料とは違い名の通り染めていくため、本来は着色範囲を決めるのはシビアなはずだが、俺には力強いチートのサポートがある。
それでも適当にやってて大丈夫とはいかないので、慎重に色をおいていく。やがて薔薇全体がほんのり赤くなったら、しばし乾燥が必要だ。この後、乾燥と塗装(染色)を繰り返し、色を強めていくわけである。
湯を沸かすものがなくなったので、湿度が下がっているとは言っても乾燥にはそれなりの時間がかかる。その間に緑の染料を用意することにした。
水につけてあったヨモギみたいな草を持ってくる。もちろん汁がついてしまわないようにそっとだ。
「これも煮出し?」
「いえ、これはそのまま布にくるんで絞るんです」
「なるほど」
いらない布を用意し、水に濡らして固く絞る。本来こういうものを絞る時は乾いた物を使うほうがいいのだろうが、この草は相当に濃いらしいので、少しでも布にうつる分を減らすための知恵なんだそうだ。薄めても平気って言ってたしな。
柔らかくした鹿革の端切れで布を掴んでギュッと絞っていく。布の下には小瓶。最初の2~3回は布が染まるだけだったが、次に絞るとポタリポタリと滴が垂れてきた。それを逃さないように小瓶へと貯めていく。
「これはなかなか辛いな」
筋力がマシマシになっているとは言え、何度も何度も全力で絞っているとどんどん疲れてくる。これは圧搾機を作ることも考えねば……畑の作物いかんでは油もとれるかもだし。
俺が渾身の力をこめていると、リディと妖精さんたちが一緒にクスリと笑った。ディーピカさんが笑いながら言う。
「大変そうですね」
「やってみます?」
「いいんですか?」
「ええ。汁がついちゃうと落ちないらしいので革ごしにやってください」
「わあ! ありがとうございます!」
俺が布を支え、キラキラと目を輝かせたディーピカさんがうんしょと布を絞る。だが、俺の全力で少しずつ絞れるような代物だ、妖精さんたちが魔力か何かでとんでもない力を出せるのでなければ俺より大変だろう。
「リージャ、手伝って!」
「わかった!」
リージャさんが加わって2人でよいしょと布を絞ると、再び緑色の汁がポタリポタリと小瓶へと落ちていく。しばらくして、そのポタリポタリも止まった。
小瓶にはそこそこの量の染料が溜まっている。たった1把から出たとは思えない量だ。やたらに濃い色といい、この世界特有の何かがあるんだろうなぁ、これ。
「よし、これくらいかな」
俺がそう言うと、ディーピカさんはぐるぐると肩を回した。疲れただろうが、その顔は満足感で輝いている。
「はー、これは大変ですね」
「お2人は余計に大変だったでしょう?」
「ええ、でも楽しかったです」
「わたしも!」
リージャさんも両手を上げてはしゃいでいる。ねー、とディーピカさんに絡んでいて、お人形さんがキャッキャしているような感じでもある。あるいは小さい花が並んでそよ風に揺れているような。
「よし、じゃあ今度はこの薔薇を仕上げていきましょうかね……」
俺は新しい筆を手に取ると、再び鞘に向き合った。
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