赤
森の樹々が最近ますます強くなってきた陽の光を遮っている。そして今日はいつもより風が強く、涼しさを森に届けようとしているかのようだった。
「うちのあたりは木がないけど、これだけ風が吹いてくれたら多少は涼しいな」
「この時期は大抵、風が強いんだよ」
俺の言葉にサーミャがそう返した。草原と森とで日照の違いがあって、この時期は日差しが強いから気圧差を生んでいるとかかな。
「それだと矢が当たりにくくないか?」
「そりゃ勿論」
サーミャは肩をすくめたが、すぐに自分の腕をポンポンと叩いて言った。
「まぁ、そのへんを見極めるのもアタシらの腕の見せどころだな」
「流石だな」
「まぁな!」
今度は胸をはるサーミャ。褒められたときには謙遜しないのが彼女のいいところだ。家族皆の顔に笑みがこぼれる。
今日は狩りとは違うし、採集する植物のほうは最悪見つからなかったら見つからなかったでいいや、くらいのつもりなので皆のんびりと森の風景を楽しんでいるようだ。
しかし、危険な動物も多くいるこの森である。警戒するに越したことはないだろう。
そこまで思ってから、俺は家族皆を見回した。全員が揃ってたら、小規模な部隊くらい余裕で追い返せそうな気がしてくる。弓の達人に、一騎当千の傭兵、都では知られた剣技の達人、両手剣を扱える膂力の剣士。
そして弓と魔法が使えるエルフに、魔物化した狼(まだ子どもだけど)である。クルルもその走力を活かして体当たりとかすれば、かなりのダメージを与えることは間違いないだろう。間違ってもかわいい娘にそんなことはさせないが。
戦力的にカウントしにくいのはリケだけだ。と言っても、他が強すぎるだけなような……。
俺は頭に浮かんだちょっと怖い想像を、プルプルと頭を振って追い出すのだった。
うちの中では一番鼻が利くルーシーが、毛の色が緑のリス(食うところがあまりないらしい)や木葉鳥なんかを見つけて駆け寄っては、そっちに向かってワンワンと吠え、ピャッと逃げられてキューンと悲しそうな顔をしている。
まぁ、あれ本人的には遊ぼうくらいのつもりなんだろうな。あのまま野生にいたら、もっと狩りの本能が身についていたのだろうか。もしくはこれから成長の過程で覚醒するのかも知れないが。
途中で魔物としての本能が目覚めた場合、覚悟ができるんだろうか。引き取った時は始末もやむなしと決意したが、これだけ長く家族として暮らしていると、その決意が鈍っていっているのを実感する。
今も順調に高速で俺の肩のHPを減らしているディアナはどうなんだろうな。もし、その時がきたら、俺1人だけが躊躇するようなことがないようにはしたいが……。
いや、今は幸せなこの時間を目一杯楽しむことにしよう。
「あ、あれですね」
しばらく森の中を進んでいくと、リディが指を差した。指の先には小さな花をつけた低木のようなものが見える。みんなで近づいていくと、低木と言うよりは茎がとても太い草のような植物だった。
草だと判断したのは表面が樹皮のようではないからだが、ここは“黒の森”だ、どんな植物が生えていてもおかしくはない。
「これの根っこを煮出して、その液を乾燥させるんです」
「へえ」
「その大きなやつを掘ってみましょうか」
リディに言われた、株の大きなものを掘り出してみる。木の根のようだが、あまり太くはない根がごっそりと姿を表した。一見すると根自体はそんなに赤くないようだ。確か日本茜の根は黄色から赤みの強いオレンジっぽいのが多いんだっけか。
「根っこを切ってみてください」
「こうか」
生えている根っこのうちの1本をナイフで切ってみると、鮮やかな赤い断面が姿をあらわした。誰かが思わず漏らした「うお」という声が聞こえる。それも仕方ないなと思える赤さだ。日本茜の根の断面を見たことはないが、流石に血が滴ってきそうなほど真っ赤ではないだろう。
しかし、これは完全に赤というか緋色というか、とにかく「こりゃ真っ赤だな」と言って問題ないくらいに赤い。動物も色々と違いがあるし、やっぱり前の世界とはなんか違うんだろうな。
「これくらい赤いなら大丈夫ですね。これを持っていきましょう」
「株によって赤さが違うのか」
「ええ」
リディは静かに頷いた。
「余り育ってないものは赤さが薄いのですが、生長するに従って根っこの赤さが増していきます。これくらいだとそうですね、3年位生長したものに見えますね」
「そんなにか」
再び頷くリディ。そんなものをあっさり掘り返して良かったものだろうか、と元日本人的には考えてしまうが、これはこれで自然の一部ではあるか。
「これだと木材でも十分に色がつくと思いますよ」
言われて今度は俺が頷く。根っこについた土を払って、クルルの背負った籠に入れると、彼女は「クルルルルル」と機嫌よく鳴いた。
「よしよし、今日はたくさんお手伝い頼むな」
クルルの首筋を軽く叩いてやりながら言うと、クルルは任せとけと言わんばかりに一層大きな声で「クルー!」と鳴き、家族に笑いが広がった。