いたずらっ子
家の鳴子が鳴ったあと、バターンと家と鍛冶場をつなぐ扉が開いて、ディアナが飛び込んできた。
こういうとき飛び込んでくるのはサーミャのことが多いので、なかなかに珍しいものを見たなと思いつつ、声をかける。
「おかえり。どした?」
「ただいま。お水って使ってもいい? 飲まないほう」
「ん? もちろん。今日はもうこっちも終いだし」
「わかった。ありがとう」
「なんかあったのか?」
元々、内外どちらにいたかによらず、毎日の仕事終わりには湯か水で体を清めることになっている。鍛冶場での作業では汗をかくし、狩りの場合はそれに土などの汚れも加わるからだ。
それはディアナも分かっているので、わざわざ聞きに来たということは、予定外に使う事情があるということだ。
「今日は大きな猪を仕留めたんだけど、それを湖に沈めるときにルーシーが飛び込んじゃって」
「ああ……。最近ちょっと暑くなってきたからな……」
湖はあちこちで水が湧いている。なので冷たい場所が多い。暑いときに飛び込んだら気持ちが良さそうだ。俺も今時点でそうしたいくらいだし、ルーシーの気持ちはよく分かる。
俺の言葉にディアナが頷き、続けた。
「飛び込むだけなら良かったんだけど、そのあとそこらを転げ回ったもんだから、もうドロドロ。もう1回湖に入れようかって皆で話したけど、また同じことしたら意味ないし、大きいタオルは持って行ってなかったから止めたのよ」
「なるほど。ルーシーを洗うくらいの水は残ってるはずだから、全部使っちゃっていいぞ」
「うん、わかった」
ディアナは頷くと、バッと飛び出していく。扉を開けたときにルーシーがワンワン言っているのが少しだけ聞こえた。
てんやわんやになっただろう、と思ってテラスでの夕飯のときに聞いてみると、予想に違わず大騒ぎになったらしい。
「いきなりだったからな」
「本人としては皆についてくくらいのつもりだったんだろうけどね」
サーミャとアンネが少し苦笑がまじった笑顔で言う。アンネもなんだかんだルーシーのことを気に入ってるみたいなんだよな。基本的には言うことをよく聞くいい子だからな。クルルもだが。
「もう“迅雷”でも追いつかないか」
「あの速さは無理。“黒の森”で鍛えられてる猟犬に追いつく人間なんて、どこ探してもいやしないよ」
俺が笑いながら聞くとヘレンが首を横に振りながら言った。ルーシーの運動能力は向上目覚ましいようだ。
それが魔物になっているからかどうかまでは分からんが、元々この森で暮らす生き物なのだ。人の身で追いつくことが出来るのなんて、ほんの僅かな期間だけだろう。
実際、今日もまだ子狼ながら探索と追い出し役の両方を立派に手伝ったらしい。そのご本人は今日の「仕事」の疲れか、はたまた体を洗われた疲れか、ガツガツと肉を食べた後にすぐ俺の足元で丸くなって安らかに寝息をたてている。
「クルルちゃんも走るの速くなりましたね」
リディがこちらはテラスの外で丸くなっているクルルを見て言った。それを聞いてディアナが頷く。
「あの大きさの猪だったのに、今日は苦もなく牽いてたし、帰りにルーシーと追いかけっこしてたわね」
「クルルも成長してるのかな」
「たぶん。走竜なんて飼ったことないからわからないけど」
「体が大きくなったら小屋を建て替えてやらんとだな」
「そうねぇ」
俺とディアナもクルルの方を見る。クルルの能力向上がこの森の魔力によるものなのか、それとも肉体的な成長なのかはわからないが、育つのならそれに合わせた環境を用意してやらないといけない。
かわいい我が子達のためだ、大体のことはしてやるつもりである。
夕飯が終わって後片付けをし始めると、クルルが起き出しそっとルーシーの首根っこを咥えて持ち上げた。ルーシーは眠いのか、そういう習性なのかされるがままになっている。
そろりそろりと咥えたルーシーを気遣うように小屋へ戻るクルルを見送りつつ、俺達は今日一日を終えた。