プレゼント
朝の日課を終えた俺たちは“御神体”の増えた神棚に向かって拝礼をする。木彫の女神像がヒヒイロカネのほのかな赤い光に照らされて、顔に赤みがさしているかのように見えた。
その後、リケを除くみんなはサーミャを先頭に狩りへ出て行く。ヘレンは昨日の今日だったので大丈夫なのかと声をかけたが、返ってきたのはニヤッと笑った笑顔とグッと力をこめた力こぶで、俺はやれやれと首を振った。
火床に火を入れて、温度が上がってくるまでの間、リケと作業の打ち合わせをする。
リケは今日も量産品を作るらしい。俺はと言うと、
「指輪は完成したが、あれはあくまで仕事で頼まれた品だからな。うちからちょっとしたプレゼントを作って贈ろうと思う」
「プレゼント、ですか」
俺は頷いた。うちらしいものはもう決めてあるのだ。
「親方が作るとなると、やはり北方のなにかですか」
「そうだな。作るもの自体はそんな凄いものでもないんだが」
「親方の“凄くない”ですからねぇ……」
リケの目に不審の色が浮かぶ。うちの特注モデルの性能を考えたら、凄くないものなんてないのは確かだが。俺は苦笑しながら続ける。
「作るのは普通の短刀だよ」
「タントー?」
「前にニルダに刀を打ってやっただろう?」
「ありましたね」
「あれのナイフくらいの大きさのやつだ」
「うちらしくていいですね、それ」
「だろ?」
合口とも呼ばれる鍔のついていない短い刀を作り、それを“守り刀”としてマリウスの奥さんにプレゼントするのだ。
刃物は「切れる」につながるので縁起が悪い、という話もあるみたいなのだが、守り刀の場合は「悪縁を断ち切る」につながるとかで前の世界の日本では嫁入り道具にもあったと聞いたし、良かろうという判断である。……「ことあらばこの刀で自害せよ」説は言わんほうがいいだろうな。
まぁ、リケが言ったように、これなら「北方出身の鍛冶屋」らしい贈り物と言えよう。
今回は硬度の違う鋼を挟み込む造り込みはせずに、1つの鋼だけで打つことにする。そもそも魔力こめちゃうと2つ鋼を作っても硬度はさほど変わらないしな。
板金を1つ火床に突っ込んで温度を上げる。最近は指輪にかかりきりだったので、この作業も随分久しぶりのように感じる。
適切なところまで温度が上がったら、金床に置いて鎚を振るい、形を作っていく。この量でナイフ1本ぶんだし、積み沸かしのようなことはしなくてもいいだろう。
刀でいう素延べの工程まではすぐに終わった。20センチと少しくらいの長く薄い板に茎がついたものが出来上がる。
このあと先端を切り落として切っ先を整形したら、断面が五角形になるように叩き、一旦やすりや砥石で表面を整えていく。
「ふむ」
作業が終わって掲げてみると、そこにはちょうど今持っているナイフと同じくらいの長さの刀の姿がある。
この後の工程はまだあるので一旦は形だけであるが、最終どんな形になるかはもう既に決まっていると言っていいだろう。
「キレイな形ですね」
「“反り”は入れないつもりだが、十分いい形してるよな」
「ええ」
リケが頷く。こうやって北方様式の刃物が広まるのだろうか。革鎧に大太刀、なんてことにはならないとは思うが、うちを出たあとも、ある程度忖度というか配慮はしていただきたいところである。
「キリもいいし、飯にするか」
「そうですね」
「そう言えば、魔力はどれくらい見えるようになったんだ?」
「それがですね……」
俺はパタリと鍛冶場のドアを閉める。それを女神像とヒヒイロカネが見守るように見ていた。