魔力と魔物
「うーん、しまったな」
翌日。一通り朝の日課を終えて鍛冶場に火を入れた俺は、指輪を前に唸っていた。
そこにリケが近づいてくる。
「どうしたんです?」
「いやぁ、ちょっとうっかりしてた。ここからどう硬くしようかな」
「ああ……」
今までのように直接魔力のこもった板金を置いて叩いたのでは、せっかく出来た指輪がまたペタンコのシート状になってしまう。
その状態でめちゃくちゃ硬くなってしまったら取り返しがつかないだろう。恐らく世界で1番硬い金属シートの出来上がりだ。
それはそれで前の世界でいう防弾プレートのようなものとして利用できるかも知れないが、依頼されたのはそういうものではないからなぁ。
もうちょっと硬くしてから刻印したほうが良かっただろうか?
いや、形を作る上ではこの硬さが限界だろう。これより硬いと継ぎ目を消せる自信がない。
もしかするとチートでなんとかなってしまうのかも知れないが、それに賭けて失敗したら目も当てられない事態になる。
「……囲んでみるか」
「板金でですか?」
「魔力をこめようと叩いたとき入る感触自体はあったんだ。それなのに入ってない、ということは恐らく……」
「入ってそのまま抜けている?」
リケの言葉に俺は頷いた。
「板金から移すと大丈夫なのは?」
「魔力がこもっているのが板金だけじゃないとしたら?」
「あっ」
そう、メギスチウムを挟んで板金の下には金床がある。あれにも魔力は入っているはずなのだ。今まで意識したことはなかったが。
シート状になれば横方向への“逃げ“は少なくなる。となれば上下方向へ逃げようとするだろうが、そちらへは魔力のこもった鋼が逃げられず、メギスチウムに魔力が残留しているのだとすれば。
周りを魔力で囲み、高濃度の魔力の中におくことで魔力をこめられるのではないか。そう思ったのだ。
この方法にも気になることが1つある。
「それをやって魔物が発生しないかだな」
魔物は魔力が澱むと発生する……ことがある。実際に俺はその発生した魔物とも戦ったことがある。
その澱んだ魔力が普通の生物を魔物化してしまうこともある。うちにいる子狼(そろそろ子が外れそうだが)のルーシーがそうだ。
今のところ、特注品で限界まで魔力をこめても、それが澱んだ状態になったことはない。
だが、空間を高濃度の魔力で満たした場合はどうだろうか。ここは今日も専門家の知恵を借りることにしよう。
「魔物……ですか」
「うん。こうやって魔力をいっぱいまでこめた板金で六方全部を囲んで、内側に魔力を叩き出すと、その空間の魔力は相当な濃さになるよな?」
「ああ、それはそうですね」
「で、その状態にしたときに、そこから魔物が発生してしまったりしないか? ってのが気になるところなんだが」
「そうですね……」
リディは細いおとがいに手を当てる。
こっちには討伐隊への従軍経験がある人間とエルフがそれぞれ1人ずついるし、残った皆もヘレンがまだ帰って来てないとは言え、十分に戦闘能力は高い。
ゴブリンの1体くらいなら余裕でぶっ倒せるだろう。この指輪サイズの空間に凝集した魔力程度ではそれ以上強い魔物は発生しそうにない。
なので、発生したところで大したことにはならないだろうと思うが、起きるかと知ってて準備しておくのと、そうでなく発生してから慌てるのでは大きく違う。
少し考え込んだリディが口を開いた。
「恐らくこれで魔物が発生することはないと思います。量が少なすぎるので」
その言葉に俺はホッと胸を撫で下ろす。対処できるとは言っても、ゴブリンのような魔物は発生しないに越したことはない。
うちのルーシーにせよ、魔物にならなければ群れの中で森狼として過ごしていくことができたはずなのだ。
引き取った以上はうちで幸せに過ごしてもらうつもりだが、群れにいるよりも幸せであるかどうかは知る由もない。
「ただ……」
リディが言葉を続けた。若干不穏な空気になっている。
「ものすごく魔力が濃いと、妖精が現れる可能性はあります」
「妖精……?」
リディはコクリと頷いた。
「魔力を糧とする者達なので、純粋な魔力や濃い魔力に寄ってくるんですよ。ここは“黒の森”の中でも魔力が強いのですが、これくらいだと妖精は現れません。ですが……」
「そこにとんでもない濃度の魔力が更にあるなら別か」
「そうですね」
俺の言葉にリディは再び頷く。「妖精」というワードに反応したのか、他の皆も少し手を止めてリディの話に注目しているようだった。
「会話はできるのか?」
「言い伝えではできる者もいたと聞いてますが、大半は何もせずに集まった魔力だけ吸い取ると、そのまま何処かへ去っていくようです」
「悪さはしない?」
「ええ。会話ができるくらいの妖精だと、悪戯程度のことをする可能性はありますけどね」
「へえ」
前の世界の童話に出てくる妖精に近いのかな。あれも色々といるようだったから、一概にこうとは言えないんだろうが。
「まぁ、妖精が来たら珍しいものが見れたと思うのがいいか。加工中は板金で囲んでるから手出しできないだろうし」
「そうですね」
微笑むリディ。俺はその顔を見ながら、ほんの少しだけ妖精の出現に期待をしてしまうのだった。