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鍛冶屋ではじめる異世界スローライフ  作者: たままる
第9章 伯爵閣下の結婚指輪編
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成功の端緒

「さてさて、まずはどうするかな」


 詰まったときに思わずでる独り言は、前の世界からの癖だ。なんとなくこうした方がうまく物事が解決するように思うのだ。

 ゴム製のアヒルちゃんに説明することで、問題点を把握するラバーダック・デバッグに近いかもしれない。


「加熱してみます?」

「そうだなぁ。試してみる価値はありそうだ」


 俺はひとまず、リケの提案に乗ってみることにした。溶け落ちたりすると困るので、小さな”るつぼ”に入れてから、るつぼをやっとこで掴んで火床にかざす。

 火床の熱が十分にるつぼ、そしてメギスチウムに伝わった事を確認したら、金床の上でるつぼをひっくり返した。


 もしかすると、どろりとメギスチウムが垂れてくるかもと思ったが、その予想とは異なり、熱する前と全く変わらない硬さで、メギスチウムはコロリと金床の上に転がり出てきた。


「柔らかくもなりたくないのか、こいつは……」


 硬くも柔らかくもなりたくないとは、随分とわがままなやつだな。

 ともかく、温度が下がらないうちにやってみよう。鎚を振り下ろすと、変わらず中途半端な感触が返ってくる。


「この調子だと変わらんかもなぁ」


 メギスチウムは叩くたびに形を変える。数度叩いたが感触が変わる様子は全くない。

 念のために温度が下がるまで叩き続けてみたが、その間、返ってくる感触は全く同じだった。触ってみると、グニグニと形を変える。やっぱり駄目か。


「うーん。熱して駄目なら、冷やすか?」

「冷やす……ですか?」

「流水にしばらく晒すとか、濡れた布に包んで振り回すとか……」

「流水はわかりますが、濡れた布で冷えるんですか?」

「うん」


 濡れた布を固く絞って勢いよく振り回すと、気化熱で温度が多少は下がる。キンキンに冷えるとまではいかなくても、試す程度なら十分だろう。

 その状態でほんのわずかでも魔力が入ってくれるなら、改めて温度を下げる方法を考えるか、あるいはほんの少しずつ魔力を込めていくかだ。


 適当な布を水で濡らして固く絞り、それでメギスチウムを包んだものを振り回す。万が一包んだメギスチウムがすっ飛んでいったら危ないので、もちろん外で行う。

 ブンブンと音がするくらいに振り回していると、飛ばしてみたい衝動に駆られるが我慢だ。


「弓以外の投射武器があってもいいかもなぁ……」


 弓もいいのだが矢がないと駄目だし、何よりある程度の技術が必要だ。うちの家族はリケを除いて弓の扱いができるので忘れがちだが。

 逆に言えば、うちに限って言えば弓以外を作っても使うのはリケくらいなもの、という話でもある。

 とは言え、あって困るもんでもないのも確かだし、この辺が片付いたら考えてみるか……。

 そんなことを考えながら、俺は布を振り回し続けた。


「ちょっと冷たい……か?」

「ひんやりしている気もしますね」


 突っついてみると、柔らかい感触とともに若干の冷たさを感じる。


「温度が上がらないうちにやっちまおう」

「はい!」


 慌てて鍛冶場に戻り、メギスチウムを金床に置いて鎚で叩く。相変わらずの感触。

 今度は温度が上がってくるまで叩き続けた。


「……ダメか……」

「なにがきっかけなんでしょうねぇ……」


 俺は手の中の柔らかいものをこねくり回しながら、リケと一緒に首を捻った。

 とりあえず今ここで出来そうなことは、これくらいのように思える。

 となると、何か特殊な手順を踏む必要がある、ということだろうか。急冷、もしくは急熱とか。


「とりあえず、昼飯にするか……」

「そうですね」


 こうして、昼飯の準備をして食事を始めたが、俺の頭の中はいかにしてメギスチウムに魔力をこめるのか、ということだけが占めている。

 飯を口に運びながらも、うんうんと考え込んでいると、呆れたような……いや、実際呆れ返っているのだろう、ディアナの声が飛んでくる。


「エイゾウってば、こういうことになると本当に職人ねぇ」

「ん? ああ、すまん、なんか話してたか?」

「いいえ。でも心ここにあらずなのは誰が見てもわかるしね」


 ディアナの言葉に、家族の全員がうんうんと頷く。


「まぁ、友達の結婚に関わるものだしなぁ。きっちりやってやりたいじゃないか」


 俺がそう言うと、なぜかディアナの顔が赤くなる。実の兄の結婚のことだし、気になっているのだろう。

 飯を口に入れたまま、サーミャが言う。


「で、なんか分かったのか?」

「分かった、と言うかなんと言うか……。普通のやり方では無理だというのが分かった、ってあたりだな」

「サーミャ、お行儀が悪いわよ」


 アンネがサーミャに注意をする。この辺りの指導はリケからディアナ、そしてアンネに役割を移しているらしい。指導する側の位が一般人から貴族令嬢、そして皇女と上がっている。

 そのうち王宮の舞踏会に出られるレベルになってしまうのだろうか。


「要は、分からないということが分かった、ってことだな」

「……そっか」


 アンネの指導を容れて、口の中のものを飲み込んでからサーミャは頷いた。


「なんかきっかけでもあればなぁ……」


 俺は木製のスプーンをくわえていった。


「エイゾウも行儀が悪いわよ」

「おっと」


 俺もアンネに注意されてスプーンを口から取り出す。代わりに、ではないが俺は腕を組んだ。


「そう言えば」


 思わずだろう、口に出た言葉にみんなが注目する。口に出したのはディアナだ。注目されて赤面している。


「どうした?」

「魔力って、何かから移せないのかな? 今はこの森に漂っているのを、エイゾウがこめてるんでしょ? だったら、エイゾウが鋼か何かにこめた魔力を移すことってできないの?」

「ふむ……」


 魔力を移す、ということはこれまで一度も試したことはなかった。そんな発想がなかったからだ。今まで魔力をこめようと思って作業したら、こもっていたからな。

 もしそれが出来れば、普通の武器でも魔力を移して強化することができるかも知れない。


「試してみる価値はありそうだ」


 俺がそう言うと、ディアナは嬉しそうな顔をする。

 善は急げとばかりに、俺たちはサッサと昼飯を切り上げて、再び鍛冶場に戻った。


「よし、じゃあやってみるぞ」


 俺は魔力をこめた板金を金床の上に置いたメギスチウムに重ねる。そして、その上から鎚を振り下ろす。板金から弾き出された魔力が移るイメージをしながらだ。

 ガキンと音がして、硬い感触が返ってくるが、これは板金のものだ。メギスチウムのものではない。

 数回鎚を振り下ろして、板金を取り除ける。平らになった金色の物体がそこにはある。


 じっと金色に目を凝らす。俺は思わずリディの方を見た。

 リディも同じだったのだろう、ちょうど俺の方を見ていて、そして頷いた。


「わずかだが、入ってる」


 俺は呟いた。おずおずとディアナが声をかけてきた。


「ということは……」

「ああ」


 俺は大きく頷いて言った。


「成功だ」


 その瞬間、わっと炉や火床の熱以上の熱気が鍛冶場を包んだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] もう二巻かぁ~……追い付かれてしまいそう。
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