若奥様は子爵家
「ちょ、ちょーーーーっと待って!」
話がまとまろうとしていたところで、完全に止まっていたディアナの時間が動き出した。
「兄さんに聞きたいことは山程あるんだけど、とりあえず相手は誰なの? 侯爵閣下の親類ってことだけど」
「デランジェール子爵家のジュリーだよ」
「ああ、ジュリーかぁ……。なるほどね」
サラッと答えたマリウスに、ディアナは納得のいった顔をしている。
「知ってるのか?」
「ええ」
俺が聞くと、ディアナが頷き、マリウスが引き取る。
「デランジェール家は古くからエイムール家と付き合いのある家でね。ジュリーはそこの長女なんだ。確か16歳だ」
「若いな」
「エイゾウから見たらだいたい若いでしょ」
「そりゃそうだが。あれ、マリウスはいくつなんだ?」
「23歳だよ」
「若いな!」
自分よりも若いとは思っていたが、落ち着きようからもう少し上だと思っていた。
いや、この世界だと23歳はそこそこの年齢なのだろうから、年相応のほうが近いのか?
侯爵は見たかんじ40代後半より上のようだし、もしかするとマリウスのことを自分の子みたいに思ってるのかもなぁ。
「幾つだと思ってたんだ」
「俺より少し下くらいかなと思ってた」
「そう変わらんじゃないか?」
「いやぁ……。俺から見ると違うんだよなぁ」
なんとなく、20代くらいまでは3歳位刻みで違ってくるように思う。俺の中身は40歳なので余計にそう思えるのだろうが。
「それにしても、7つ下の嫁さんかぁ……」
「貴族同士だから歳の差はあんまり関係ないよ。ディーヴァルト子爵家のとこは幾つ差だったっけ?」
「25歳差よ」
それを聞いて俺は自分の片眉が上がるのを自覚した。なかなかの年齢差だ。
「そうだったそうだった。それまで結婚のケの字も出てなくて、“あそこの家はどうするつもりなんだろう”と言われてたのに、45歳で20歳と結婚するって言い出すわ、相手は男爵家だわで、“無理やり手篭めにしたのでは”と疑いがかかったんだった」
「それはそれは……」
周囲の疑念も多少分からんではないが、本人たちの困惑を思うといたたまれない。
「結局、宴で知り合ってお互いに恋に落ちた、ってことだったわね」
それを聞いて、アンネが少しうっとりとして言った。
「ロマンチックねぇ」
「そうねぇ。戯曲にもなるって聞いたわよ」
ディアナとアンネのお嬢様組は、こういったロマンス的なやつに目が無いのか。そのうち都でそういう書物みたいなのがあったら買ってきてやろうかな。
「で、ジュリーは昔から本が好きで、うちにある本をしょっちゅう読みに来てたわね。兄さんにも懐いてて可愛がってたし、いいんじゃない?」
「そうだね。ジュリーじゃなかったら断ってたかも知れない」
ディアナがニヤニヤしながら言うが、マリウスはあっさりとそれを認めた。
「あら。え、いつから?」
「それは秘密だな。割と昔からだとは言っておくけど」
「ええー。教えてよ。あ、みんなで遠乗りに出かけたときかしら? それともシュミーダー男爵家の宴の時?」
「家に帰って存分に悩んだらいいよ」
「ケチ!」
「伯爵だからな。領地のことも考えるとケチにならざるを得ないのさ」
マリウスはそう言って大笑する。ディアナはぶんむくれているが、これがエイムール家の兄妹の日常だったのだろう。さぞ明るい家庭だったに違いない。
つくづく事件が悔やまれるが、アレがなければ俺もこうしてはいないわけだし、どうなることが一番良かったのかはわからない。
俺は2人のやり取りを見て言った。
「俺としては友人が平和な家庭を持ってくれたらいいよ」
「それは俺からも言えることだぞ、エイゾウ」
「いやぁ……」
マリウスの言わんとする事は理解できているつもりだ。今は俺にその気がまったくない、というだけで。
気がつくと、マリウスだけでなく、うちの家族全員の視線が俺に突き刺さっている。
「さ、さて、やるべきことは終わったし、帰るか!」
俺が大げさにそう言うと、周りから特大級のため息が聞こえてくるのだった。
書籍版2巻の発売日が決定いたしました。7月10日(金)となります。今回も書き下ろしなどを含め、Web版をご覧の皆様にもお楽しみいただけると思いますので、是非お求めください。
また、コミカライズ連載がWebデンプレコミック様にて開始されることが決定いたしました。連載は今週金曜日の7/3より開始となります。
担当してくださるのは日森よしの先生です。
また少し違ったエイゾウたちの物語もどうぞお楽しみに!