”迅雷”の鎧
「おおー!」
鮮やかな青に染まった胸甲を見て、リケが思わずだろう、声を上げた。
何事か、とこっちを見た皆の顔も驚きに満ちている。
「わあ……!」
その中でも、一番目を輝かせていたのはヘレンだ。自分のものだからというのもあるだろうが、純粋にこういうのが好きなんだろうな。
「他の部分もこの色にしようと思うが、いいか?」
「いいに決まってんじゃん!」
鍛冶場の空気の全てが震えるかのような大声でヘレンは叫んだ。ここまで喜んでくれるとやった甲斐があるというものだ。
可能なら金で模様なんかも入れたかったのだが、青で既に十分目立っているとは言え、これ以上目立ちすぎるのも考えものだし、どうも身分にも影響するみたいだしで止めてある。
「こうやって色をつけてるのねぇ」
アンネが心底感心したと言うように呟く。
「見たことあるのか」
「色をつけるところを見るのは初めてだけどね。お姫様だし、王宮にいればもっとごちゃごちゃした飾りのもいたわよ」
「へえ。ちょっと見てみたいかも」
「あら、帝国はいつでも歓迎するわよ」
「そっちは遠慮しとくよ」
帝国の王宮に馳せ参じる騎士であれば、身分の低かろうはずもない。俺は一介の鍛冶屋でしかないから全く知らないが、王国や共和国にも名の知れた騎士もいることだろう。
そういった騎士の鎧なら、打ち出して磨いたままのものではあるまい。いずれ身分にふさわしい豪奢な装飾が、これでもかと奢られているはずだ。
複雑な飾りがついているということは、それだけ手間がかかっており、その分金もかかっている。
そして、その金を払えるのであれば、その分の収入源――つまりは領地――を持っている。つまり、身分が高いということだ。
王宮のような場所では自分がどういう身分なのかを示しておくのは必要なことなのだろうな。
それに、魔物討伐のときにはいなかった(もしかしたらフレデリカ嬢が兼ねていたのかも知れない)が、戦功記録官から見て、「紋章がよく見えないが、あの大きな獅子頭の飾りはなんとか卿だな」と、その鎧を着ているのが誰なのかわかることも大事なことだ。
戦場で大手柄を立てたはいいが、誰なのか分からなかったでは文字通りの骨折り損の可能性も出てくる。
そう考えると金飾りはともかく、何らかの飾りはつけておいた方がいいのだろうか。戻る戻らないは置いておいて、傭兵なら戦場での功績も報酬に関係するだろうし。
そう考えて、俺はおずおずとヘレンに聞いてみる。
「なあ」
「うん?」
「狼の飾りとかつけようか……?」
「いらないよ!」
なかなかの勢いで否定されてしまった。ううむ、余計な気遣いだったか。俺がそう思っていると、
「エイゾウの考えてることは分かるし、ありがたいけど、アタイの本領は“速いこと”なんだから、余計な飾りで重くしたくない」
と、フォローされた。
確かに“迅雷”が鎧が重くて遅くなったんじゃあ、意味がないな。二つ名が泣いてしまう。背甲なんか、余分な重量をつけないようにギリギリを狙ったのに、飾りをつけて重くしたら本末転倒である。
「じゃ、色だけ他も合わせるよ」
「おう!」
満面の笑みを顔に浮かべたヘレンと、他の皆は自分の作業に戻っていく。さて、俺も続きをしていかなきゃな。
その後、背甲は胸甲と同じように出来た。腕甲、脛当ても成形、着色と素直に進んでいく。胸甲みたいに形状が複雑ではないし、背甲みたいに可動域もそんなにシビアではないからだ。
こうして青い一揃いが出来たわけだが、これで完成ではない。それぞれの内側にニカワを塗って布を貼る。
その布に再びニカワを塗って鹿革を貼り、縁のところはリベット(当然青くしてある)で止めておく。
戦闘の際は鎧下のようなものを着るらしいのだが、移動中などに身につける際に服の上からでも大丈夫なようにとの配慮である。前に持っていたのもそんな感じになってたし。
胸甲と背甲の連結は肩と腋のところでベルトで止めるようにした。ベルトの金具は胸甲と同じ要領で黒錆の酸化皮膜を作って黒くしておく。ベルトの金具から錆びてダメになったんじゃ意味ないからな……。
腕甲や脛当ても最後の固定はベルトだ。
こうしてかれこれ4日ほどかけて、一揃いが完成した。全身鎧なんか作ったらどれだけの時間がかかるのだろう。
うちの場合だと作業時間と儲けが割に合わないような気がする。その時間で剣なりナイフなりがいくらでも作れてしまう。
俺がそうリケに愚痴ると、
「その分貰ってしまえば良いんですよ」
と、事もなげに返してきた。
「そういうもんかねぇ」
「職人がものを作るのに使った時間の分いただくのは、何もおかしいことではないと思いますよ。親方はなぜかその辺貰いたがらないですが」
「うっ……反省してます」
何となく、出来たものの品質分くらいで考えてしまう。前の世界でやってた仕事ではちゃんと見積もりにも請求にも作業時間を入れてたのに、こっちでは好きなことをやっているから、と言うのもあってか、作業時間も入れて金を貰う思考がなかなか身につかない。
ここらは徐々にでも改善していかないとなぁ。
防具の一揃いが出来たので、早速ヘレンに試着して貰う。時間は日暮れ前、日は中天をとっくに回ったが、橙色になるにはまだまだ時間がある。
「とりあえず1人でつけられるか試してみてくれ」
「分かった」
全てを装着するのは初めてなのに、ヘレンはテキパキと身につけていく。やがて、青い部分鎧を身につけた、“迅雷”の姿がそこに現れた。
「どうだ?」
「違和感はないよ。つけるのも特に手間取りそうなところもない」
「そうか」
屈伸したり、体を前後左右に倒して具合を確かめるヘレン。あれだけ動いて違和感がないなら、まぁ大丈夫か。
俺がホッとしたその時である。
「なぁ」
ヘレンが真剣な目をしてこちらを見た。決意のこもった眼差しに、俺は少し気圧される。
次にヘレンが口にしたのは、言われるかも知れないな、と思っていた言葉だった。
「試すのに、エイゾウが手合わせしてくれないか」