ベッドの続きと歓迎会
「サイズは……これくらいか」
俺は板を目見当で切りそろえた。勿論この作業には鍛冶ほどではなくてもチートが効いているから、それを使ってだ。
数枚を並べて大きさを確認してみると、身長が身長なのでなかなかに大きい。
「大きさはどうだ?」
「ええと、よいしょ。うん、大丈夫」
俺が聞いてみると、アンネはためらいもなく板の上に横になった。体はすっぽり収まっていて、左右にも上下にも余裕がある。ベッドと言うならこれくらいでないとダメだろうな。
しかし、その様子を見ていて俺はふと疑問に思った。
「この大きさでこのままベッドを作ると少し部屋が狭くないか?」
「試してみます?」
「そうだな……」
リディに言われて一度家に板を運び、今あるベッド(寝具はない)の上に置いてみた。どうしても元の部屋よりは狭いようには見える。
「どうだ?」
「十分広いし、持ってきた荷物もそんなにないから平気じゃない?」
「家の部屋はもっと広いんじゃないのか?」
「まあ、宮殿だと見栄も必要だから普段人を通すことなんかない私室でも広かったし、調度は豪華だったけど、その全てを有効活用してたかと言うとね」
「そういうもんかね」
「空き部屋も作って、置いときたいものはそこに置くんでしょ?」
「そうだな。人が入るまでは少なくとも1部屋はベッドも入れずに物置だ」
もう1部屋は今いるこの部屋のベッドを移しておく。アンネの寝具を揃えるときに、ついでに寝具を用意しておけば、今後もし客が2人来た場合に使えるだろう。
こんなところに短期間で2人も客が来るかは甚だ疑問だが。
「それなら、私ももし必要なものがあって入りきらなかったらそこに置くわ。そんなことにはまずならないと思うし、皆で使えそうなものを優先的に入れるけどね」
「わかった。部屋の主が言うならそれでいい」
「そう言えば」
話は一段落したかと思ったが、アンネには気になることがあるらしい。
「リディはエルフなのよね?」
「ええ。ご覧の通り」
「父様もエルフは娶らなかったから、家族として一緒に暮らすのは初めてなのだけれど、エルフはもっと物を持たないのかと思ったら、意外と普通の物は持ってるのね」
「そうですね。人間や巨人族の皆さんと余り変わらないですよ。失礼ですがアンネは他の種族の方とは暮らした経験があるとか」
「言葉を選ばずに言えば”一通り”あるわね」
前に聞いた話では巨人族に獣人、ドワーフにマリートは無論のこと、リザードマンも帝室にいるとのことだったし、本当に一通りはいることになるな。いないのはエルフと魔族、魚人族くらいか。
エルフと魔族は魔力を糧の一部とする種族で、魔力の薄いところでは暮らしていけないし、魚人族は水のある領域からは出てこないので、あの皇帝といえどもさすがに娶るわけにはいかなかったようだ。
「逆に言うと、エルフの人と暮らすのは初めてだからちょっと不安があったの。でも、皆と変わらないなら平気かなって」
「少なくとも俺の生活に愛想を尽かして出て行くほどの違いはないな」
俺が混ぜっ返すと、リディはポカリと俺の肩を叩いた。それを見てアンネが微笑む。
「よーし、じゃあこれで作っちまおう」
「はい」
「わかったわ」
俺たちは再び板を抱えて表に戻った。足やら何やらを作って組み立ててやらねばならない。今日中にできるかは怪しいが、時間がないわけでもないからのんびりやろう。
間に昼食を挟んでの作業は、ベッドの部品を切り出していくことのみでこの日は終わった。作業すること自体に慣れてもらう意味も込めて、基本的にはアンネに作業をやって貰ったからだが、進捗としては悪い方ではない。
しかし、アンネとしてはあまり納得できないらしく、ボヤいていた。
「うーん、なかなか上手くいかないわね」
「そりゃ今まで道具持ったことがない皇女殿下が、いきなり上手く出来たら家具職人は立つ瀬がないだろ。ガタガタに切ってないだけでも上出来だ」
「それはあなたの道具のおかげもあると思うけどね」
「道具は扱う人間によって良くも悪くも振る舞う……って俺の親父も言ってたし、胸を張っていいと思うぞ」
「そうなの?」
「ああ」
俺の言葉でアンネは少し機嫌をなおした。何があってうちから戻ることになるかも分からんが、時間はたっぷりあるはずなのだから、少しずつ慣れてくれればいい。
ベッドの部品もほぞだのはまだ切ってないので、明日は組み立てだけと言うわけでもない。明後日に完成すればいいかな、と言ったところか。
「それじゃあアンネの来訪を祝して」
「「乾杯!」」
「クルルルルル」
「わんわん!」
夜。保存してあった肉を多めに持ち出し、干した野菜もふんだんに使っていつもより豪華な夕食にした。アンネの歓迎会だ。
せっかくなのでテラスに明かりと卓に椅子を持ち出し、クルルとルーシーにも参加してもらっている(彼女たちの分はもちろん味付けなしで別に分けてある)。
「エイゾウのことだから絶対こうなると思ってたんだよな」
そう言いながらワインを飲んで、鹿肉のジャーキーを頬張っているのはサーミャだ。
俺はどうもこの分野では信頼がない。みんなウンウンと頷いている。
「でも、アンネが来たのは本当に歓迎してるからね」
こっちはワインとイノシシ肉のワイン煮のディアナである。これにもみんな頷いていた。
「ありがとう、みんな。自分で言うのもなんだけど、今までいた場所が場所だから、おかしいところがあったら言ってね」
「大丈夫じゃないですかねぇ」
すでにもう3杯目の火酒を自分で注いでいるリケが言った。こういうときには遠慮せずに呑めと言ってあるし、実際遠慮せずに何杯も呑むのでデキャンタみたいな陶製の容器に移し替えて持ってきてある。
「もう随分お世話になってますけど、これだけ種族も立場も違う人たちがいても、大きな問題なく暮らせてますし」
「私もあんまり不安はないですね」
こっちはワインに根菜のスープのリディである。
「まあ、私の場合は元々森暮らしと言うのもありますが」
「アタイはあっちこっち行ってたけど、ここの暮らしもなんつーか、性に合ってるんだよなぁ」
火酒でイノシシの味噌焼きを豪快に流し込みながらヘレンが言う。サッとリケが空いた杯に火酒を注いだ。
いつか傭兵に戻るんだろうなと思っていたが、少なくともしばらくはうちにいるつもりっぽいな。別にうちは構わんが。
こうして歓迎会は時々クルルやルーシーも混ざって、うちでの暮らしの話で盛り上がった。
そして、お開きになったとき、かなり眠そうなアンネが垂れ目をさらにトロンとさせながら言った。
「これから、よろしくお願いします」
それに対する俺たちの答えは一つだった。
「エイゾウ工房へようこそ、アンネ」