マーティンとボリス
おやっさんの食事攻勢は適当なところで止めておいた。こっちから言わないといつまでも出てきそうだったし。娘さんに伝えると苦笑していたから、多分知人が来るとこうなのだろう。
俺もアンネも腹がはち切れんばかりになっているので、少し休ませて貰うことにした。まだギリギリでピークにはなってないので、おやっさんに言われたんだろう、厨房からマーティンとボリスも出てきて少し話す。
基本的には遠征隊のときの話だ。アンネも興味深そうに話を聞いている。
「じゃ、あれから従軍はしてないのかい?」
「そうッスね。まぁ、正直従軍しても実入りは良くねぇんですよ。エイムールの坊っちゃ……伯爵閣下のときは、おチビさんの頃からおやっさんが知ってる人間だから断りきれねぇってんで」
「なるほど」
マリウスはたびたび内街を抜けて、このあたりに遊びに来てたっぽいからな。そんな昔からの付き合いなのか。
「でも、あん時ゃちゃんと色つけてくれてましたからね。あの人はスジってもんがわかってなさる」
「ほほう。俺も今度同じことあったらボッてみるか」
「おすすめしときやす」
そう言って俺とマーティン、ボリスは笑った。
「そういや、エイゾウの旦那は都には来ねぇんですかい?」
ボリスが割と真剣な感じで言った。俺は肩をすくめながら、
「俺は“わけあり”で北方から流れてきてるからな。あんまり人の多いところにゃ居たくないのさ」
と返した。実際は“黒の森”でないと魔力が足りずに十分な生産が出来ないからなのだが、それをボリスたちに言う必要はなかろう。後はどうも基本的に都イコール厄介事のイメージがついてしまって、どうにも足が向きにくいのもある。
そんな俺の言葉にガクーンと肩を落とすボリス。
「そうですか……」
「なんかあったのか?」
「いえね、旦那に研いで貰ったナイフの切れ味が良いもんで、時々出せりゃなぁと」
「なるほど」
腕のいい研ぎ屋に任せたい、というのは理解できる。職人として道具は良いものを使いたいし、良い状態を保ちたいのは当たり前の欲求だろう。
俺の場合は元々用意してくれていた道具が良いものだったので特に不便を感じてないが、ちょこちょこ手入れはしている。
今研いでやってもいいのだが、そろそろピークだ。それに備えた準備も必要だろうし、邪魔になるのも良くない。それに今やったところで、俺は定期的に都に来るわけでもないから、それこそ付け焼き刃というか……。そうだ。
「カミロって商人の店がこの都にもあるはずだ。そこにエイゾウに言われて持ってきた、って預けてくれれば研いで返すぞ」
「本当ですかい!?」
「ああ。時間は貰うけどな。街にあるカミロの店に行くのが大体1~2週に1回だから、行ったときに預かって研いで次行ったときに返す、となると……まぁ一月くらいは見てもらったほうがいいけど、それでもいいなら」
「十分でさぁ!!」
ボリスは飛び上がらんばかりに喜んでいる。マーティンもボリスの隣でウンウンとしきりに頷いているから、喜んでるんだろう。
その頃合いでワラワラと集団が店に入ってきたので、俺たちはお暇することにした。
「それじゃ、おやっさんにもよろしくな。代金は……」
そう俺が聞いて要求された金額は「ニヤリと笑ったボリスの笑顔と力こぶを作ったマーティン」だった。……「このまま黙って帰れ」ってことね。
「わかったわかった。また来るけど、必要なときはちゃんと要求してくれよ」
「わかってまさぁ」
「ありがとうな。ご馳走様」
俺は北方式の挨拶で感謝を伝える。アンネも「ありがとうございました」と会釈をする。
厨房に戻りつつ手をふるボリスとマーティンに手を振り返しながら店を出ると、俺たちの後を「また来いよ! 来ねえと承知しねぇぞ!」というおやっさんの怒鳴り声が追っかけてくるのだった。




