家族がもうひとり
「以前に魔物討伐に従軍したことがあるんですが、この店の主とはそこで知り合いましてね」
「従軍ですか」
「ええ。壊れた武器や防具を修理するためにです」
「なるほど」
アンネはあまり兵站には興味ないのだろうか。大規模な補給を必要とする戦争はこのあたりではもう長らく行われていないようなので、そのあたりの意識が薄いのかも知れない。
「口は悪いですが、腕は確かですよ。うちの食事を気に入ったのなら、ここの料理も気にいるかと思います」
「あの」
話の途中でアンネが口を挟んだ。なんだか少しもじもじしている。何を言うつもりなのかと思っていると、意を決したように口を開いた。
「エイゾウさんの家にいる人は家族なんですよね?」
「……ええ、そうですね」
「じゃあ、私もですか?」
そう言って、少し眉間にシワを寄せ、上目遣いでこっちを見てくる。ううむ。
彼女は明確に人質としてうちに預けられるわけである。そう言った意味では明確に家族かと言うと違うだろう。
だが、その点で言えば建前上はディアナもリディもヘレンも同じことである。ディアナは預けられているだけ、リディも都にほど近い森がうちだからだし、ヘレンもほとぼりが冷めるまで身を隠している。
でも俺は彼女たちを家族として扱っている。それに、いつまでになるか分からない期間を他人行儀で過ごし続けるのは、俺たちにもアンネにも負担になるだろう。
そんな事を考えている、ちょっとの沈黙のあと、俺は答えた。
「そうですね」
「そうですか」
アンネはホッとしたように言った。その後、おやっさんの娘さんが「ハイお待ちー」と料理とエールを持ってきたので、アンネが小声で「良かった」と言ったのは俺の耳には届かなかった。
「で、家族であるならばですよ」
「ええ」
うまい料理に舌鼓をうちながら、少しだけ酒が入って気が大きくなったのか、アンネが少し絡み口調で言った。家で呑んだときもその兆候はあったが、あんまり酒癖は良くないらしい。
「話が堅苦しいのはどうかなと思うわけです」
「なるほど」
この意見には完全に同意である。弟子であるリケや、普段から口調が丁寧なだけのリディはともかく、他の家族はざっくばらんに俺に話すし、俺は全員にいわゆるタメ口で接している。
「それじゃ、これからは普通に過ごそう。お互いにね」
俺は他の家族に接するようにアンネに話す。このカレーっぽい煮込み料理うまいな。
俺の言葉を聞いたアンネは、酒の影響なのかは分からないが、顔を赤くして、
「うん、わかった」
とだけ言って、ぐいっとエールのジョッキをあおった。
「うちに関して言えば、腕前はともかく仕事自体は見てもらったとおり普通の鍛冶屋だよ」
「それを手伝えばいいの?」
「そうだなぁ……。力仕事は嫌いか?」
「いえ、全然」
「じゃあ、色々やってもらうことはある。うちは1人を除いて結構力持ちだけど、鎚を振るったりは結構な重労働だからなぁ」
「1人ってエルフのリディさん?」
「うん」
リディも人並みには力はある。少なくとも狩りについていく程度には。それでも鍛えに鍛えているディアナや、ここらではほぼ最強と言っていいヘレンたち人間と比べてはともかく、獣人のサーミャやドワーフのリケと比べてしまうとその差は如何ともし難い。
「越えられない壁」と言う単語が頭を過ぎった。
「リディは頭を使うような仕事をメインにしてもらえたらなと思うんだが、そんな作業は滅多にない」
「鍛冶屋ですもんね」
「うん。あんまり手を広げる気もないしな」
リディがうちにいる理由は、魔法のコンサルタント的なことをするためである。だが、この世界では依頼は滅多にない。リディも「前のところでも滅多に来なかったですよ」と言っていたし、そうそうあることではないんだろう。少なくともそれで飯を食える程ではないはずだ。
なので、彼女は本来の頭脳労働よりも、うちの力仕事を手伝ってくれている。そっちの作業も気に入ってくれてるみたいなのが救いだが。
「慣れてきたら、みんなでなにか作ってもらおうかな。アンネが来るなら人は十分いるわけだし」
「……っ。そうね。まずは仕事を覚えないと」
「まぁ、気楽にやってくれたらいい。注文がなけりゃ、品物はあの商人に卸す分しか作らないから」
のんべんだらりと好きなときに好きなものを作って暮らしていくのが俺の目標なのだ。今はまだ目標への途中ではあるが、そこであくせくする気もあまりない。
……なんだか結構働かされているように感じるのは気のせいだということにしておこう。うん。
「ちょっと楽しみ」
「なら良かった」
フフっと微笑んだアンネに答えながら、俺も自分のエールをぐいっとあおった。