ちょっと早めの祝杯
「おかえり」
俺がそう言って出迎えると、7つの「ただいま」が返ってきた。明日を過ぎれば、これが6つに減るわけだ。アンネの本来の身分を考えれば、これから先で気安く接する機会はもうあるまい。
そこに寂しさを感じはするが、一期一会もまた人生か。
「ヘレン、帰って早速で悪いがちょっと手伝ってくれ」
「お、できたんだ?」
「ああ」
「いいぜ。楽しみだな」
槍を手にして声をかけたからだろう、すぐに察したヘレンがノリノリで応えてくれた。
「じゃあ、外で」
「おう」
最初に試してもらったときと同様、外に出てそこらの丸太を立てる。リケが気を利かせて板金を持ってきてくれたので、丸太へ簡単に固定しておいた。
「すまんな、ありがとう」
「いえ」
表面上は平静を装い、「親方の手伝いをしただけ」というように見せてはいるが、目の輝きを見ればすぐにわかる。これは単にどうなるか見てみたかったんだな。
まぁそこを咎めはすまい。そういった好奇心があることは向上に必要な素養だ。……と俺は思っている。
ヘレンは渡した槍をブンブン振り回す。軽々と扱っているが、さっき俺が持った限りではそれなりの重量があったはずだ。中空の物干し竿でも扱ってるみたいに振り回せるのは、筋力と技術のどっちのほうが寄与しているんだろうか。
「よっ」
そのままの軽い感じで、ヘレンは丸太に固定した板金に切りつけた。板金が上下に分かたれ、落ちて小さな音をたてる。それ以外には音がしない。
「お見事」
俺たちは風の渡る音だけがする静かな庭に、拍手の音を加えた。
よく見れば板金だけが切れていて、丸太には傷一つついていない。ヘレンの技量とその精緻な操作に対応できる得物の為せる技だ。ヘレンの技量は疑うまでもないが、出来が悪い得物なら追随出来ずに板金が切れないか、丸太にも傷が入るかのどちらかだっただろう。
「やっぱりバランスが取れるとぜんぜん違うな!」
「そんなに違うものか」
「そりゃそうだよ」
まだバランスを確認しているのか、真ん中あたりを持ってグルグルと回しながらヘレンは言った。
「良いものができてるならよかった」
「もらえるならアタイが欲しいくらいだよ」
「お値段は金貨15枚となります。いつでもどうぞ」
「チェッ」
それで7人全員が笑った。
「よし、じゃあ晩飯にしよう。みんなはちゃんと身を綺麗にしておいてくれよ」
俺がそう言って、6人の返事が返ってくる。あと、クルルとルーシーからも。そうしてみんなバラバラと戻っていった。
アンネにとってはこの食事がこのエイゾウ工房でとる最後の食事となる。明日は朝イチで出るから、俺とアンネは家では食べずに携行食料と言うか弁当みたいなものになるだろうし。
なので、うんと豪勢なものにしておいた。肉は猪も鹿も出したし、それに添えるソースも種類を変えてある。そこに根菜類で作ったグラッセに似た付け合せもある。
「うちの基準ではかなり豪勢な食事です。アンネさんにとっては取るに足らないものかも知れないですが……」
俺がそう言うと、アンネは手を顔の前でブンブンと振り、
「いえいえ、滅相もない!こんなのは王宮でも滅多に食べないですよ!」
と否定した。たとえ、これがお世辞でも楽しんでもらえるならそれでいいや。
みんなにはワインも注いである(リケは”いつもどおり”火酒だが)ので、めいめいそのカップを持って立ち上がる。
コホン、と咳払いをしてから俺は言った。
「槍の完成のお祝いと、アンネさんの無事のご帰宅を願って!」
その後は7人全員だ。
「乾杯!」