槍
翌日。朝の日課や準備を終えて、皆揃って鍛冶場にいた。俺が炉や火床に火を入れている間、他の皆は体を動かしたり、おしゃべりをしたりしている。
前の世界でバイト先の開店作業中みたいに思える。実際似たようなもんだが。一応ここには誰でも来て良いことになってるし、店として機能しているからな。
客が来るのは1ヶ月に1人も来ればいいところというのが、普通の店と異なるところではある。カミロの店に品物を卸していなかったら、この客の入りではすぐに干上がっていただろう。
かと言って気軽に客が来られる場所へ引っ越すわけにはいかない事情もあるしな……。
「よーし、それじゃはじめるか」
俺の言葉に全員が返事をして、ぞろぞろと位置について、作業を始めた。
今日からは槍を作る。同じものを4本、さらにその性能は特注品と同等のものだ。となれば、気合を入れて作らねばなるまい。
積み上げられた板金の中から、程度の良さそうなものをいくつか見繕って脇に除けておく。これから先で程度の良いものを皆が作ってくれる可能性はあると思うが、それを当てにするのもよろしくないからなぁ。
まず最初に作るのは槍の穂になる。ここさえ性能を満たしていればとりあえずは問題なかろう。
もちろん、槍全体としての性能は柄の部分も関わってはくる。それが狙いの場合はともかく、刺さったあと簡単に柄が折れてしまっては意味がないからな。
だが、兎にも角にも穂の性能さえ良ければ、武器として最低限の性能が良いことになるので、そこに一点集中するというわけだ。
選別したうち、1つの板金を火床に入れて加熱する。赤から黄、時折白になろうかという炎の中で板金が加熱され、その身を赤くしていく。
ここだ、というところで取り出して金床に移し、魔力を乗せた鎚で叩いて形を作っていく。板金を作るために叩いているのとは違うリズムが鍛冶場に加わった。
ただ突くだけの槍であれば、三角錐や四角錐の形にするのだが、今回はある程度斬撃もできるよう、笹の葉型の穂にする。つまりは両刃の短剣を作るときの要領だ。
断面形状は大まかには菱型だが、柄を入れる中央部分と、刃の部分以外は若干凹んでいる形にする。長柄の武器で片端が重いと、もう片方の端を持ったときに力が必要になるからな。物干し竿の端に何でも良いから吊ってみて、もう片方を持って上げてみるとよく分かる。
斬撃を行うには槍を多少とは言えども振り回す必要がある。そのときに穂が重いと取り回しがしにくくなるので、少しでも軽くしたいのだ。
その分材料も多少節約できなくもないのだが、それはまぁ副次的と言うか、うちではあまり気にしない部分である。
温度や箇所を見極め、適切な力を鎚に込め、「これしかない」と言う状態で叩く。これが出来るのは貰った力のおかげだが、最近は以前よりも自分のものでないような感覚が薄くなって来ているような気がする。
以前はもっとチートの力に手取り足取りされている感じだった。力が身体に馴染んできたのだろうか。それならそれでありがたい話である。
ただ、言語化しろと言われると大変に難しいところなのは変わりない。完全に感覚でやってるからな……。うまく言語化できればリケに教えることも出来るのだろうが……。すまんな、リケ。
そのリケは俺の作業を横で見学している。時折「ほほう」「なるほど」などと呟いているから、何かを吸収してはくれているようだ。
「うーん」
そのリケが唸った。
「どうした? 気になることがあれば言ってくれ」
「今回の槍は斬撃もできるようにするんですよね?」
「そうだな」
「前に親方が作ったカタナみたいに、柔らかい鉄を硬い鉄で覆ったりはしないんですか?」
「ああ……」
日本の槍には日本刀と同じ方法で穂が作られているものもある。前の世界で著名なものを見たが、刃紋が非常に美しいものも多々あった。
頼まれたのは同じものを4本、だ。そこらで出回っているようなものにしてくれとは言われていない。それは特注品レベルのものになれば、見る人が見れば良いものだとは分かってしまうからだろうと思っていたが、なるほどそれなら穂を変わった作りかた(このあたりの基準で言えばだが)をしても問題あるまい。
「よし、リケの案を採用だ。ちょっと時間はかかるが、なぁに3日あれば問題ない」
「すみません、親方」
「いや、いいんだ。言ってくれて助かった」
俺は感謝の意と言うには少し似つかわしくないかも知れないが、リケの頭をガシガシと撫でて感謝を示した。