いつもの商談
一通りの話が終わると、マリウスと侯爵は部屋を出ていった。あんまり都を離れてもいられないのだろう。伯爵と侯爵が2人共都にいないって時点で色々勘ぐったりされるだろうしなぁ……。
「さて、じゃあ今度はうちの方の商談だ」
「おう」
カミロは気軽に言い、俺も気軽に応える。俺は少し自分の心が落ち着くのを感じた。末端も良いところなのだろうが、政治の話には関わりたくないものだ。
俺は入れてくれていたのに、すっかり冷めてしまった茶を口にする。茶があることすら今更気がついた。どれだけ緊張したかってことだな……。
「今日もいつものやつか?」
「いや、それがだな……」
俺はそろそろ納品物を増やそうかと、今回は槍を新たに持ってきたことをカミロに伝えた。品質についても一番良いやつで高級モデルくらい、と言ってある。
「そいつが特注品と同じ品質なら、わざわざ今から作らなくても済んだのにな!」
そう言ってガハハと豪快にカミロが笑う。いや、全くだ。知ってたらそっちも作って来たのに。知ろうにも向こうから連絡する手段がほぼないんだけどな。
「それで、勝手に作ってきておいて何だが、引き取ってもらってもいいか?」
「もちろん。お前の作るもんなら、売りようはいくらでもある」
即答だ。リケが俺の視界の端でドヤ顔をしている。とりあえずはこれで一安心か。
「それじゃ、諸々を用意してこよう」
「すまんな」
「なぁに、これが仕事だ」
カミロがニヒルに笑うが若干似合っていない。だがそれは胸のうちに秘めておく。今は番頭さんがいないので、カミロは自分で指示を出しに行くのだろう。部屋を出ていった。
「なんだか色々動いてるわねぇ」
ディアナがフンと鼻を鳴らし、やれやれといった感じで呟いた。
「ディアナはこういうの慣れてると思っていたが」
すっかり森の暮らしに慣れきった感のあるディアナではあるが、マリウスの妹、つまりは伯爵家令嬢なのである。悪役でなくてよかったな。
ともかく、貴族であるならば、こうした話の一つや二つは聞いたり、実際に巻き込まれたりしてるもんだと思っていた。
「伯爵家と言っても武で鳴らしてる我が家に、まどろっこしい謀略を持ち込んでくる人なんてそうはいないわよ」
「ああ……」
脳筋とまではいかないだろうが、あの家の雰囲気なら「ド正面からぶん殴れば良いのでは?」と言われそうだよな。むしろあれこれ出来るマリウスが特異点と言う気すらしてくるし。
「アンネさんのほうが慣れてるんじゃない?」
「え? ええ、まぁ、多少は……」
急に水を向けられたアンネは一瞬面食らったようだったが、すぐに立て直した。うちに来てからのアレコレを考えれば、そういう経験は一度や二度ではあるまい。
「とりあえずはやるべき仕事をやって、平穏無事に過ごせるようにしよう」
俺の言葉に皆――なぜかアンネもだった――が頷いた。早いとこ“いつも”に戻りたいものだ。




