雨はあがる、晴天は曇る
クルルが一声鳴いて、竜車は動き出す。ゆっくりと緑と黒の中を進んでいく竜車。
小鳥の声が聞こえ、俺たちの緊張をよそにのどかな空気が漂う。
「こうしてる限りは森の中の方が平和というのも、なかなかに皮肉だな」
「そう思えるのはエイゾウだからだと思うけど」
俺の言葉にディアナがジト目で返してくる。世の中の人々から恐れられている(らしい)黒の森だが、こうしている分には平和そのもので、何をそんなに恐れるのかとしか思えない。
だが、家族やアンネの話を総合するに、ここは相当に広いし、棲む動物たちは強いので、そこそこ強いくらいの人間が入り込むと即座とは言わないまでも、早々にやられることが多いそうだ。
なので、ねぐらを樹上に構える獣人も多いらしい。持ち物が少なかったり、しょっちゅうねぐらを変えたりするのはその辺もあるようだ。
しかし、今の俺にとっては外のゴタゴタを考えなくても良い森の中の方がよほど平和だ。襲いかかってこられることもないしな。
とは言え、のんびり暮らすにも人と関わらないわけにもいかない。食料は調達できても、塩を含む調味料なんかを安定して入手するのは浮世と離れた生活では難しいからな……。
のんびりとした雰囲気の中、竜車は進み、森を出た。
街道に出る前にはアンネに布を被って横になってもらう。若干怪しいが荷物に見えないこともない。
街の衛兵さんは我が家の面々を知っているから、特に何事も無く通してくれるだろう。騙すようで気が引けるが、仕方ない。
街道は十分警戒をしていく。侯爵とマリウスが動いていれば滅多なことはできないだろう。ここらはマリウス――つまりはエイムール家の所領だからな。
しかし、それで気を抜いていて何かあってからでは遅いので、念のためだ。
今日も街道は世はなべて事もなし、というように見える。この裏で何かが進んでいる、ということを覆い隠すかのように柔らかく降り注ぐ陽光が照らし、緑と青のコントラストを演出している。この風景をアンネに見せられないのが残念だ。
街の入口に辿り着く。俺の緊張は最高潮に達しているが、頑張って平静を装いつつ、
「どうも」
と声をかけた。衛兵の人(既に大体の人が顔見知りだが、この人もご多分に漏れない)は一瞬怪訝そうな顔をする。さすがにプロは誤魔化しきれないか。いざとなれば正直に話すことも考えなければいけないな、と考えていると、
「……おお、あんたらか。ご苦労さん」
と無愛想にそれだけ言って目線を街道に戻した。バレていないのか、見逃してくれたのかは分からない。
一瞬振り返ったリケに目線で合図を送ると、頷いて落とした速度を再び上げた。ひとまずは最初の関門をクリアだ。
街に入ると人通りも増える。となれば当然、目を配るところも増えるのだが、ここではルーシーが良い働きをしてくれた。
いつもの通りに彼女が荷台から顔を出すと、人々の目はそちらに集まった。つまり、この状況で俺たちを見ているが、ルーシーを少しも見ていない人物が要注意ということである。
こうして注意するポイントを絞りつつ、俺たちはカミロの店に辿り着いた。いつもの通りに丁稚さんが出迎えてくれる……と、そこにはいつもと違って、番頭さんも待っていた。
「そろそろ、いらっしゃると思ってお待ちしておりました。後はこちらでしておきますので、どうぞ上へ」
番頭さんはそう急かす。俺はここでアンネもいることを伝えると、番頭さんは少し驚いたようだったが、こう言った。
「それはそれは……ですが、都合がようございます」
そう言う番頭さんに、逆に俺たちは怪訝な顔をしながら、荷車を降りてすぐに2階へ向かった。