子は育つ
下に降りて裏手に回ると、ルーシーがパタパタとしっぽを振りながら突進してきた。俺はそれをしゃがんで受け止める。以前よりも衝撃が増していて、彼女の成長っぷりを如実にあらわしていた。
そのうち避けないといけなくなるだろうか。いや、吹っ飛ばされながらも受け止めようとしている自分(もしくはディアナだ)の姿が見える気もするな。
「いつもすまないね」
「いえいえ、とんでもない」
丁稚の子にチップを渡しながら言うと、はにかみながら彼は答えた。見た感じでは10代になるかならないかくらいの歳に見えるが、彼もいずれは立派な青年になって行くのだろうな。
案外、カミロや番頭さんは一緒に酒を飲む日でも待ちわびているのかも知れない。
「そう言えば、カミロに奥さんや子供はいないのか?」
「私は聞いたことないですね」
「アタイも。昔にいたってのも聞いたことない」
俺の疑問に丁稚さんとヘレンが答える。人のことは言えないが、いい歳して成功までしているカミロに結婚経験がないってのは、この世界ではレアなのでは。
「とすると、“悪ガキ3人組”の中だと兄様の結婚が一番早いのかしらね」
「その“悪ガキ3人組”ってのはなんだ」
「あなたと、カミロさんと兄様の3人。いつもつるんで遊んでるでしょう?」
「いや……うん……」
俺達の関係を改めて言われると、たしかに悪ガキがつるんでるだけのような気もする。なので、それ以上の反論はしないでおいた。
俺はクルルの首をさすってやりながら、荷車の方へと連れて行く。クルルも機嫌は良さそうだ。
「マリウスの結婚が早いってのは、やっぱり家同士の関係とかか?」
「そうね。特に侯爵の親類筋から嫁いでくる、って話になったら断れないでしょうね」
「あー」
侯爵が伯爵を自分の派閥に留めておこうと思うなら、自分の親類筋から誰かを嫁がせて縁戚になってしまうのが手っ取り早い。借りがあるからマリウスも断れないだろう。そもそもメリットのほうが大きい可能性すらある。
マリウスは伯爵としての地歩を固めたという話だし、もうとっくにこういう話が進んでいてもおかしくない。ただ、披露宴はアンネの件が終わってからにして欲しいところである。
俺がそこに呼ばれるかどうかはおいといて、今の状況のままでディアナを1人都に送るのはちょっとゾッとしない。ヘレンを護衛につけるしかないが、それでも万が一ということはあるからなぁ。
荷車にはいつも通りに買った品物が積まれている。よくよく考えれば、それなりの量を安定して調達できるというのは、かなり凄いことだ。
聞いてないから知らないが、遠征の補給物資もちょくちょく頼まれていたりする可能性は高い。そんな“便利”な人間をあの侯爵が自由にさせておくだろうか? それこそ親類縁者の若い娘でも1人嫁がせるんじゃないかと思う。
まぁ、その辺は貴族なりのなんらかの事情があるんだろう。言われても断りそうだしな、カミロ。
「よし、じゃあ帰るか」
荷車にクルルを繋いで、全員乗り込んだことを確認した俺は皆にそう宣言する。
答えはクルルの「クルーー」という一鳴きで、荷車はゆっくりとカミロの店を出ていった。