狼煙の準備
雨の中、長いような短いような時間が過ぎた。みんなすっかり雨に濡れて、泣いているのかそうでないのかもよく分からないが、アンネにとってはそっちのほうが良かったかも知れない。
俺は俺で、怒りなのか悲しみなのか、よく分からない感情を内に抱えている。直接の反撃はできそうにないが、出来る限りのことはやらねばならんな。
巻き込まれただけとは言え、俺と家族との生活が脅かされているのだし。
俺たちが斬り捨てた連中も浅めに穴に埋葬しておいた。”死んでしまえば皆仏”とはよく言ったものだ。なにか身元がわかるものを持っていないか確認したが、何もないので死体剥ぎのような真似はせずに済んだ。
皆、言葉少なに家に帰る。クルルとルーシーは雨の中とはいえ、お散歩できて嬉しいはずなのに俺達の空気を察したのか、あまりはしゃぎまわったりはしなかった。
「ありがとう、エイゾウさん」
「いや、ちゃんとしないと私も気持ち悪かったですし」
家に帰って、湯を沸かす準備をしていた俺にアンネが声をかけてきた。彼女のためというよりは、俺のケジメもあったのだが、俺は悪い大人なので恩に着なくても良いとは言わずにおく。
沸いた湯をアンネも含めてめいめいが自室に(アンネは客室だが)持っていき、体を拭いた。雨で冷えた身体に湯の温かさが心地よい。
体を拭いてさっぱりすると、良い時間になったので、そのまま夕食の準備を進める。女性陣は居間に集まってあれこれ話し込んでいるようである。いずれお別れの日が来るといえど、仲良くなるのはいいことだろう。
夕食はいつもどおりのメニューだが、今日は酒も出した。人数分以外に、3つ別のカップを用意してそこにも注いである。気がついたアンネがペコリと頭を下げ、俺は手をひらひらと振った。
翌朝、水を汲みに外へ出るとすっかり雨は上がりきって、樹々の隙間から久しぶりの青空が背景となり樹の葉を引き立たせていた。
「やあ、台風一過って感じだな」
こっちの世界にも台風というものがあるかは知らないが、嵐は起こるだろう。その時の備えもやっておかなくちゃいけないな。
だが、とりあえずは気象現象ではない方の嵐をなんとかする必要がある。今日からはその1歩目だ。
迎えに来ていたクルルとルーシーを引き連れて、俺は水汲みへと向かった。
一連の朝の仕事を終えたら、街へ向かう準備をする。いつものとおりに荷物を積み込んで出発するわけだが、街へはいつもと違って俺、リケ、ディアナ、ヘレンそしてクルルとルーシーでいく。
サーミャはこの森を知っていることと戦闘能力があること、リディはこの森には詳しくないが、ある程度森そのものへの知識があることと、魔法が使えることから、いざと言うときのために残ってもらうことにした。
嗅覚と気配の両方で敵を探知できるサーミャを置いていくのはなかなかに痛いが、そこは俺とヘレンで頑張るしか無いだろう。
言わずもがな、アンネも居残りである。とりあえずある程度情勢がつかめないことにはどうしようもない。
「それじゃ、後は頼んだ。いざとなったら火をかけてでも逃げるんだぞ」
「……わかった」
いざ、にはアンネが獅子身中の虫だった場合も含まれているが、サーミャは理解しただろうか。不満そうな顔で返事をするサーミャの頭をくしゃりと撫でて、クルルが繋がれた荷車の荷台へと俺は飛び乗った。