水を打つ如く
刃文を頭にイメージしながら刀身の反りを整えていく。刃になる方を叩くとそちら側が伸びて反りができ、その分輝くため、叩いていない部分との差で刃文のようになる。
そうやって刃紋(みたいなもの、にはなってしまうのだが)を作るので、当然焼きが刀身全体に入り乱れた皆焼は無理だし、境目の複雑な丁子も厳しいだろう。出来ても互の目までか。
地道にコツコツと叩いていき、反りの中心が真ん中あたりに来るようにした。叩き方をチートで調整して入れた刃文は湾れだ。
この辺りがニルダと同じなのはあれが羨ましかったから、と言うのが素直なところではある。
護身用という用途に目が行って自分用の刀を打てば良いじゃない、ということに気がつかなかったのだが、ディアナがそこに気がついてくれて良かった。おかげで自分の好きなように刀が打てている。
もしそうしなければ、今頃渋々柄を短くしたコルセスカ(根本から三股に分かれていて、左右が刃になっている槍)でも作っていたかも知れない。
こうして刀身側をほぼ仕上げたら、あとは茎を整える。
普通はこんなタイミングで整えるものではないのだが、そもそもあらゆる制作工程が普通ではないからな。
刃区と棟区はタガネで落とし、鎚で形を整えた。後は茎尻を整えてほぼ完成である。
全体が薄青く輝いていて、なかなかに見応えのある姿になったな。
この日はここまでで日が暮れて来てしまったので、残りの作業についてはまた明日である。
いや、別に徹夜なりすれば今日中に完成するのだろうが、それはしないことに決めているからな。特に今やっているのは仕事ではないのだし。
鍛冶場の火に灰を被せて、今日の仕事の後始末だ。日中は赤々と燃えていた炎に文字通りの灰色が覆いかぶさっていく。
火床なんかは仕事の間、常に火を入れているが、使ってない間の熱がもったいないと言えばもったいない。なにかに使えないものかな……。
ほぼ完成した刀身を神棚の下にお祀り(掛台はニルダの時に使ったものを再利用した)して、この日を終えた。
翌日、刀身を神棚の下から下げてから作業に取り掛かる。下げるときはもちろん両手で恭しくである。
「ここ最近見てると、北方の流儀は随分と畏まってるんだな」
それを見ていたヘレンが感心したように言う。この世界の宗教観は一神教でないせいなのかは分からないが、割とゆるい。
商売の神様や武の神様や美の神様なんかがたくさんいて、そういうのを祀った施設もあるにはあるし神官もいるのだが、反目しあっているわけでもなく、互いに信奉する神様が違うだけでしょという感覚のようだ。
これも600年前の戦争の時に魔族側の神様と人間(とその他種族達)側の神様に分かれた頃の名残らしい。共通の敵がいるとまとまりやすいのはあるよな。
で、よほど熱心な信者はともかく、そうでない普通の人は毎日祈ったりするわけでもなく、なんとなくそういう存在がいることを心の片隅においている程度であるらしい。
なので、都であってもあまり大きな神殿というものはない。この辺はそれが気になってディアナに聞いてみた時の回答(リケやヘレンも答えてくれたが)だ。
なお、森に暮らすサーミャとリディは森そのものが神様みたいなもの(例の”心臓は土に埋める”とか)であるようだ。
「半分くらいはうちの流儀だけどな」
実際に北方でこの流儀が通用するのかは分からないので、俺はそう答える。多分似たような流儀はあるんだろうが、細かいところが違ってたりするだろうからな。
「ふーん」
ヘレンは興味深そうにしていたが、この場ではそれ以上突っ込んで来ることはなかった。さて、作業に入るか。
それまで慎重に作業してはいたが、それでもどうしても出てしまう刀身の凸凹を軽く鎚で叩いたり、鑢で削ったりして整えていく。
魔力を帯びたアポイタカラが鑢で削れるのかは心配だったが、魔力で強化した甲斐があってか加工できた。まぁ、これが出来ないと鎚だけで仕上げるのは不可能と言ってもいいくらいだからな……。
刃先を研ぐのも家にある砥石で出来た。少しでもズレるとあっという間に鈍ってしまいそうな感覚をチートでなんとか抑え込んで仕上げた。
最後に茎にタガネをあてて、銘を切っていく。”但箭英造”。これで俺の銘が入った刀はこの世界に二振めとなる。
後は鍔と柄と鞘だが、全部作るには時間が足りない。だがしかし、せっかく完成したので具合も見ておきたいのが正直なところなのである。
そこで、白木の柄というか、簡単に握れるだけにした柄だけを一旦作成することにした。
茎を当てた二枚の板の内側を茎の形に削って、膠で点付けをする。周りを握りやすいように形を整えたら、簡単な柄の完成だ。
茎と柄を木で作った目釘で留める。
俺はそれを持って、外に出た。