ようこそ
「帝国の方でちょっと騒ぎが起きててな。ヘレンはそれに巻き込まれて厄介なことになってるんで、王国内で安全なところと言うと……」
「うちでしょうね」
俺の言葉をディアナが引き取る。ディアナとしてもそういう認識なのか。
「狼がうろついて天然の衛兵の役目を果たしている上に、森なので迷宮のように入り組んでますし」
「それにこの家には人避けの魔法がかかっています。並の人間では辿り着けません」
リケもリディもうんうんと頷きながら安全性をアピールする。
サーミャはピンと来ていないようだ。ほとんど森の中で暮らしてきたから、「黒の森自体がそもそも危険な地域とみなされている」と聞いても実感が無いのだろう。
「まぁそんなわけで、しばらくうちで暮らすことになった」
「街に行くときはどうするんだ?」
サーミャが疑問を呈する。連れて行くかどうかだよな。残していくのも手ではあるんだが……。
なるべくならそれはしたくない。万が一のときに手の打ちようが無かった、というのは避けたいからだ。
「一緒に行くが、様子を見ながらだな。最初の往復時はカツラを被ってもらって、帝国の情勢が落ち着いて来たら外してみよう」
「大丈夫なの?」
連れて行くことで、追手に発見されるリスクはもちろん高くなる。カツラを被った状態ではあちこちで目撃されているわけだし。
「大丈夫だろ。一番知ってる人間で帝国の関所の衛兵になるが、あいつらの中では俺とヘレンは夫婦って事になってるし、一緒にいたほうが都合が良いかも知れない」
俺の一言で、ディアナとサーミャがガタっと席を立った。リケとリディもそわそわしている。
なんだなんだ。
「……もちろん、そう言ってるだけで何か手続きをしたわけじゃないぞ。だから詳細に調べられるとバレるのも確かだ」
みんなの様子を無視して俺が話を続けると、みんな着席した。ホッとした様子なのが気になるが、大丈夫そうなので気にしないことにする。
「さっきも言ったけど、予想はしてたから私達はいつまでいてくれてもかまわないわよ」
ディアナが落ち着いた声音でヘレンに話しかける。
「と言うか、もう家族だろ」
サーミャも気楽な声だ。椅子をガタガタするとコケるぞ。
「部屋もありますしね」
「もうお客様じゃないですよ」
最後はリケとリディだ。
ヘレンは彼女たちの言葉を聞いて、下を向き
「ありがとう……ありがとう……」
とつぶやく。俺はその肩をそっとさすってやった。
そうと決まれば、何はともあれ飯だ。飯の準備を始める前にまずは旅の埃を落とそう。
荷物をおろして体を濡らした布で拭き、家の服に着替える。荷物の整理はまた明日以降だ。
チャチャッと着替え終わったら、自室から出てかまどの前に立つ。
スープの用意は済んでいたので、最近獲ってきたらしい猪の肉で焼き肉風の何かを作ることにしよう。
久々に台所に立ったが、1週間と少しではまだ体が感覚を覚えてくれていて、チートの恩恵にもあずかりながら調理を進めることができた。
肉を薄く切って、火酒と香辛料で味付けするだけというシンプルなものではあるが、うちでは結構人気の一品だ。
俺が夕食の準備を終えると、ヘレンが客間の方から出てきた。部屋はあるが寝具がないから、まだ客間を使うほかない。
ヘレンの服はうちの女性陣で1番体の大きいディアナの服である。
それでも俺より背が高いヘレンだ、少し丈が短くて見える部分が多い。ヘレンも自分で分かっているらしく、モジモジとしていた。
「へ、変じゃないか?」
ディアナは伯爵令嬢なので持っている服も普段着と言っても、そこそこ装飾のあるものだ。
ヘレンがそれを着ていて丈があってないのはこの世界だと奇妙なのかも知れないが、俺には前の世界の感覚があるので個人的には全く変とは思わない。
なのでそれを素直に言ってみる。
「いや別に?似合ってるとは思うけど」
俺の言葉を聞いたヘレンは顔を真赤にすると、食卓の椅子にとすん、と座り込んだ。
それと同じくらいに食卓に全員が揃う。俺がみんなのカップにワインを注いで回る。みんなに行き渡ったところで、全員でカップを掲げて言った。
「エイゾウ工房へようこそ!ヘレン!」