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鍛冶屋ではじめる異世界スローライフ  作者: たままる
第1章 異世界での暮らし方編
20/980

弟子

「か、顔を上げてください」

 俺は慌てて女性に声をかける。しかし、女性は動こうとしない。

「お願いします! 私を弟子に!」


 これはもしかして弟子にするまで、()()でも動かないというやつでは……。

 周囲にもなんだなんだと人が集まりつつある。俺はともかくこの女性と、何よりサーミャをあまり好奇の視線の中に置いておきたくない。

「とりあえず、店じまいをしてしまいますから、それから話を聞かせてください」


 それで女性はひとまず立ってくれた。すかさず、俺はバタバタと店じまいをする。衛兵が来る前に立ち去りたい。あんまり衛兵には迷惑をかけたくないのだ。

 俺がこれまでの最速タイムを叩き出して片付け、販売台を持ち、3人で返却場所へ向かおうとした瞬間、マリウス氏と出くわしてしまった。だが、やけにのんびりしているな……。

「おー、ドワーフのお嬢さん、ちゃんと会えたのか。良かった良かった」

「はい! おかげさまで!」

 にこやかに返事をするドワーフの女性。あぁ、マリウス氏が朝言ってたのは、この人のことか……。

「マリウスさん、別に朝言ってくれてても良かったのに」

 俺はマリウス氏にゆるく抗議する。

「いやまぁ、言ったところで結果は変わんないし、どうしようもなかっただろ?」

 それはそうなのだが、こう、心の準備というものがあるのだ。

「それに普段仏頂面なアンタの、あんなに驚いた顔が見られたから、俺にとっては儲けものだったな」

 やけにタイミングよく出てきたと思ったら、巡回かなにかにかこつけて遠くから見ていたらしい。

「酷いなぁ……」

「まぁ、許してくれや。ここらじゃあ、こういうことくらいしか楽しみがないんだよ」

「貸しにしておきますからね」

「了解いたしました!」

 最後はおどけて敬礼までするマリウス氏。悪い人じゃないとは思うのだが、こういうノリがちょっと苦手な部分はある。とにかく貸しにしたからな。


 マリウス氏にも別れを告げ、販売台を返し、新市街にある宿屋に来た。ご多分に漏れず、1階が酒場で2階が宿泊施設になっている。このドワーフの女性は、3日ほど前からここに逗留しているそうだ。


「私はリケ・モリッツと言います」

 と、女性は名乗った。デカいジョッキ――ガラス製ではなく、小型の樽に取っ手がついたようなもの――を抱えているが、頼んでたのエールじゃなくて葡萄の火酒(ブランデー)じゃなかったか?

「家名?」

 ボソリとサーミャが疑問を口にする。だが、

「あ、いえいえ、モリッツは家名ではなく、工房名です」


「工房名?」

 今度は俺が疑問を口にする番だった。サーミャは隣でエールをちびちび飲んでいる。

「ええ。ドワーフは基本的に、いくつかの家族で集まって工房を持ちます。そこで生まれたり、暮らしたりする人は、自分の名前以外に工房の名前を名乗るんですよ。私だとモリッツ工房のリケ、という意味です」

 部族とか、村の名前を名乗るようなものか。


「俺の名前はエイゾウです。こっちはサーミャ」

 サーミャがちらっと俺を見た。多分“タンヤ”の方を名乗らなかったからだろう。別にリケさんには言ってもいいのだが、酒場では誰が何を聞いているか分からないからな。こっちの世界にある家名だったら、面倒なことになるし、わざわざそんな危険をおかすこともない。

「よろしく」

 ぶっきらぼうにサーミャが言う。

「こちらこそ、よろしくお願いします。エイゾウ、さん……北方の方なんですか?」

「ああ。出身はね。ちょっと色々あって、“黒の森”に住み着いて、そこで鍛冶屋をしています」

「なるほどそれで……」

 俺の話を聞いて考え込むリケさん。

「どうかしましたか?」

「ああ、いえ、これだけの物が作れる鍛冶屋を、ここに来るまでに見なかったのはなぜか、と思ってましたもので」

「ああ……」

 俺はカップの中身をチビリと飲む。水で割ったワインで、そんなにうまくはない。……見た目に反してアルコールに弱いのだ俺は。

 まぁ、普通は森の中に工房は作らないよな。もうちょっと流水に近いところで、水車なんかで鎚を動かしたりするらしい。前の世界で鍛造するのに使う油圧式のハンマーとかが近いのかな。俺の場合は森の中に用意されてたから、問答無用だが。

「その辺の事情は深く追及しないでいてくれますと、助かります」

「そうですね。特に興味もないですし」

 あっさり言うな、リケさん。

「それで、弟子になりたいというのは?」

 俺は話の流れを軌道修正する。


「あ、はい。その話ですよね。ちょっと話すと長くなるんですけど」

 リケさんはジョッキの中身をグビリと飲んで、はぁっと息を吐く。

「私と弟たちは工房を出て、研鑽を積むべく各地の工房を訪ねて回っていました。これはと思う工房があれば、そこで弟子入りさせてもらって、やがて元の工房に帰ってその技術を使い、新たな物を作りだし、再び弟子入りした工房に還元する。それがドワーフの生き方です」

 え、そんなの“インストール”には無かったぞ。動物の細かい生態とかは入ってないから、こういうのも入ってないんだろうか。まぁそっちのほうが楽しみはあるが……。

「そんな、下手をしたら技術が流出するようなこと、みんな断らないのですか?」

「はい。ドワーフに弟子入りを願われるのは、普通、工房にとっては名誉なので。それにうまく行けば、自分の工房にもメリットがありますからね」

 だけど鍛冶屋でない普通の人間は知らないから、あの時、弟子入りの驚きより好奇って感じの目線だったんだな。壁内の鍛冶屋に見られてたら、やっかみを受ける可能性はあるってことか。さっさと立ち去ったのは正解……いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? まぁいい、この借りは別の形で返そう。


 リケさんは続ける。

「それで、3日ほど前この街に着いた時に、さっきお会いした衛兵さんが、ナイフを使っているのを見て思わず聞いてしまったんです。それを作った人に弟子入りしたいので、住んでいる場所を教えてください、と。その時はこの街の鍛冶屋だと思ってましたからね」

「ふむ、それが私のだったと」

「はい。ですが、名前も住んでる場所も知らないが、週に一度は自由市に来る。前に来たのがちょうど1週間ほど前だったから、そろそろ来るんじゃないか、そう言われました」

「確かに今はそんな感じですね」

「それで今朝、弟たちを旅立たせて、ロングソードも見せてもらいました。やっぱり弟子入りして、この技術を身に付けたい、そう思っています」

「なるほど。……ん?」

 今気になることを言ったな。

「弟さんたちはもうここにはいないんですか?」

「ええ。彼らには彼らが向かうべき工房がありますので」

 ニッコリと微笑むリケさん。

「じゃあもし、ここで私が断ったら……」

「女の一人旅で、次の工房を探すことになりますね」

 いや、それは危ないにも程があるだろう。と言うか見越して言ってるんだろうな……。ここは観念するか。我ながら甘々だとは思うが。


「分かりました。弟子入りを認めます」

 隣でサーミャが大きくため息をつく。すまんな。でも予想してただろ?


「いいんですか!?」

「はい。ただし、条件が4つあります」

「は、はい。なんでしょう?」

「1つめ、私は今回のリケさんみたいな、自分を犠牲にする覚悟で、というのは嫌いです。今後はやらないでください」

「はい」

 居住まいを正して、頷くリケさん。

「2つめ、うちには十分な部屋がありません。最初はその建築からになります」

「はい。モリッツ工房でも、家族に子供が生まれたりしたら、部屋の建て増しを工房のみんなでやっていたので、大丈夫です」

「3つめ、さっきとちょっと被りますが、鍛冶以外にもいろいろ手伝ってもらいます」

「はい。弟子入りってそういうことですので」

「4つめ」

「はい」

「敬語はやめにしよう。俺もリケって呼ぶから、リケもエイゾウって呼んでくれ」

「いえ、そういうわけにはいきません、親方!」

 それを聞いたサーミャがキョトンとしている。

「お、親方……」

「ええ、私は弟子なのですから、親方と呼んで敬意を表すのがスジです!」

 サーミャはとうとう堪えきれずに笑いだした。お前覚えとけよ。


 こうして、だいぶ先になるだろうと思っていた俺の弟子が出来たのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >ドワーフに弟子入りを願われるのは、普通、工房にとっては名誉なので。 これって、言い換えると「普通は土下座なんかしなくても弟子にしてくれる工房はごまんとある」ってことですよねえ・・・ 特注…
[一言] 努力のかけらもせず手に入れた鍛治スキルを弟子にどうやって教えることができるのかが不思議。 弟子を取ったとしても教える下地がなく「なんかできちゃう」だけから恥かくだけでは?
2023/10/21 17:05 退会済み
管理
[一言] 主人公さんの鍛治技能は弟子に伝承できる類のものなのかな?
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