作刀1日目
俺とニルダが作業場に戻ってくると、中では板金をバンバン生産していた。
基本的には砂型に流し込んで、ちょっと加工するだけなので4人中3人が手慣れていれば、生産速度の向上も当たり前ではあるのだが。
「さて、じゃあ取り掛かるか」
よし、とばかりに俺が腕まくりをすると
「私も見ていてかまわんか?」
とニルダが言ってくる。
「別にかまわないが、今日は見てて面白いものでもないと思うぞ。森の中を散歩するなり、庭で稽古するなりしてくれていてもいいんだが」
今日はいけても素延べ――思った長さに延ばすところまでだろうから、ひたすら叩いているだけだ。花形である(と俺が思っている)ところの焼入れなんかはまだ先の工程になる。
「よい。かねてより興味があったのだ。国許ではなかなか見る機会がないゆえ、今見ておきたい」
「まぁ、それなら別にいいが」
答えながら、俺は前に作ってあった板金のうちいくつかを選び取っていく。そのうちの1つをヤットコで掴んで、火床にいれる。
まずは板金自体の鍛錬をするのだ。本来はここで材質の不均質な部分を落としたりしていく。しかし、俺のチートの場合はそれをしなくても均質かつ品質の良いものが出来るので、似たような工程として存在するが、やる内容が全然違ってきている。
火床で板金を熱して不均質なところを直し、魔力を篭める。高級モデルではなく、特注モデルなのでチートは全力だ。高級モデルまでならある程度の不均質は許容するが、特注モデルでは一切の不均質を残さない。
チートを使えばそのうち高張力鋼も作れるようになるんじゃないかという気はするが、作ったところでこの世界では使いみちがなぁ。
ともあれ、そうして出来た高品質な板金を積んで、火床で熱し鍛接して2つの塊を作っていく。この時、酸化鉄が周囲に出来てしまうので、それをなるべく防ぐために周囲に藁灰をまぶしたりしておくのだ。
熱して叩いてタガネを入れて折り返す。これも本来はこのときに地鉄の文様がどう出るかを意識したりするのだが、チートを使って特注モデルでやってしまうとどうしても均質になっていくので、文様はほとんど出ないだろう。今やっているのはあくまで塊を作るための作業でしかない。
このあたりは今後の大きな課題だ。チート品質を保ちつつ、均質でないような風合いを活かすことが出来るようになれればいいのだが。
特注モデルなので、いつもの作業のときよりも時間がかかっている。昼食を終えてすこし後くらいに2つの塊がようやっと出来上がった。
「リケ、ちょっといいか」
「はい。なんでしょう?」
「今から北方のカタナと言う剣の製作で大事な部分の1つをやるから、ちょっと見ててくれな」
「わかりました。ありがとうございます、親方」
片方の塊を細長く延ばし、もう片方は平たく延ばす。細長い方が冷えてきたら、平たい方を加熱する。
「普通はこっちの平たい方は硬い鋼、細長い方は柔らかい鋼を使う。硬いだけでは折れる。柔らかいだけでは曲がる」
今回はチート製高品質鋼みたいなものなのであまり違いがないが。組織としては柔らかくても魔力のおかげで硬い、みたいなことになっているからなぁ。一般モデルみたいに魔力をあまり篭めない製品の場合は別だけど。
平たいほうが加工可能な温度まで上がったので、U字に曲げてそこに細長いほうを置いてくるんでいく。日本刀では甲伏せと呼ばれる造りこみが近い。
「こうして2つの異なった性質を持つ鋼を1本にまとめるわけだ。こうすれば硬い鋼の斬れ味と曲がりにくさ、柔らかい鋼の折れにくさを併せ持つことが出来る」
「なるほど。これが北方の技術ですか……」
「そうだな」
インストールで同じような武器があるのは分かっているので、おそらくは作り方も同じであろうとの推測だが、そう違いはないだろう。最悪秘伝ということにしてしまおう。
この後、出来上がりの寸法くらいまで延ばしていく素延べの工程に入る。金床を水で濡らして、熱した鋼の塊を置いて叩く。水が蒸発してもうもうとした蒸気があがり、時折叩いたときに「パン!」と火薬の破裂するような音もする。
一番はじめにこの音をさせたときは、その場の全員を驚かせてしまった。
「す、すまん」
「何をしたんです?」
リケが聞いてくる。
「こうすることで表面が滑らかになるんだ」
「なるほど、そんな効果が」
そうやって説明していると、今度は外から
「クルルルルルル」
と声がする。ああ、クルルも驚かせちゃったか。
俺は慌てて外に出て、作業場のすぐそばまで来ていたクルルの頭を撫でながら、なんでもないことを説明した。クルルは少し心配そうにも見えたが、おとなしく小屋の方へ戻っていってくれたので一安心だ。
その後も熱して延ばす作業を続けながら幅、長さ、厚みの調整をしていき、概ね思ったとおりの寸法になったところで止める。
そして気がつけばもう日が暮れかけていて、残りの作業は明日となってしまった。
俺は少し後ろ髪を引かれる思いをしながら、残業はよくないと自分に言い聞かせ、作業場の片付けを始めるのだった。