謁見
日森よしの先生によるコミカライズ版第31話②が公開されました!
討伐を終えて、エイゾウに依頼されるものとは……。どうぞお楽しみください。
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前日のうちに「上手くいけばご覧いただける可能性も十分にある」とヴィクトリアさんに伝えていたこともあってか、皇帝陛下への謁見はすんなりと段取られた。
何せヴィクトリアさんに頼んでから1時間も経っていない。意外と暇だった可能性もあるが、これはこちらに予定を合わせてくれたのだろう。
普通の鍛冶屋であれば、その人生の中で1度も入ることがかなわないかも知れない、重厚な扉の向こうにある謁見の間。
その広間に満ちる厳かな静寂の中、玉座には皇帝陛下がゆったりと腰を下ろし、その傍らには数人の文官や近衛騎士が彫像のように控えていた。
俺とヴィクトリアさん、カテリナさん、アネットさんの四人は、玉座の前に並んで深く一礼した。
「面を上げよ。エイゾウよ、発見された石の正体は掴めたか」
威厳に満ちた皇帝陛下の声が響く。俺は顔を上げ、背筋を伸ばして答えた。
「はい、陛下。あの未知の鉱石は、我々鍛冶屋の常識を根底から覆す、極めて特異な性質を持っていました」
俺はこれまでの検証結果を、順を追って説明した。
あの石は凄まじい吸熱性を持ち、周囲の熱を急速に奪い尽くすこと。
そして、熱を帯びて飽和することで初めて、ハンマーによる強い打撃すら弾き返す硬度を発現すること。逆に言えば、熱を失っている常温の状態では、硬めの粘土のように変形させることが可能であること。
「常であれば柔らかく、熱を帯びて硬くなる……。なるほど、通常の鋼などとは全く逆の性質というわけか。それでは、武具として実用化するのは不可能ではないのか?」
皇帝陛下が興味深そうに身を乗り出す。俺は恭しく頷き、用意していた革の鞘を取り出した。
「仰る通り、そのままでは使うたびに炉の業火へ放り込む必要があります。そこで、この性質を逆手に取り、陛下の護身用の短剣を打たせていただきました。いえ、打つ、というような作業ではありませんでしたが」
俺は鞘から黒い短剣を抜き放ち(一瞬だが殺気が謁見の間に広がった)、両手で捧げ持つようにして見せた。
星空のように煌めく漆黒の刀身が、謁見の間のシャンデリアの光を反射して美しく輝く。
「見事な刃だ。だが、今は常温であろう。柔らかいままでは護身用にはならんぞ?」
「ご安心ください。その刃の中心には、ヴィクトリア殿に調達していただいた〝竜の息吹〟が封入されております」
俺がそう言うと、皇帝陛下はわずかに目を見張った。
「竜の息吹だと? あの何に使えるかよく分からないものをか」
「はい。〝竜の息吹〟には熱を発する特徴がありまして。ただ、帝都では生み出す熱もごくわずかです。しかし、底なしの吸熱性を持つこの石は、内部から発生するその微小な熱を一切外へ逃がすことなく、現在もじわじわと吸い込み続けています」
俺は短剣の刀身に視線を落とした。
「昨晩形を整え、〝竜の息吹〟を刃の中に完全に封じ込めました。今朝の時点ですでに、昨日よりも確実に硬度が増していることを確認しております。完全に熱が飽和し、あの無敵の硬さに到達するまでには、ここから数ヶ月の時間を要するでしょう。ですが……」
俺は陛下に目を合わせる。
「いずれは、立派な護身剣が完成するというわけだな」
皇帝陛下が俺の言葉を引き継ぐ。
「ただ、吸い込んだ熱がいずれ身に着けていられないほどになるかどうか、についてはなんとも申し上げられませんので、そこはお気をつけください」
俺がそう付け加えると、陛下は満足そうに口元を深く綻ばせ、たった一言、
「見事である」
とだけ言った。
「勿体なきお言葉、光栄に存じます」
俺が深く頭を下げると、ヴィクトリアさんたちも同時に首を垂れた。
「その短剣は余が直接預かろう。数ヶ月後につけるようであれば、余の懐刀として末永く重宝させてもらう。エイゾウよ、この度の大任、大儀であった。十分な恩賞を遣わそう」
「ありがたく頂戴いたします」
玉座の傍らに控える側近の一人が静かに進み出て、俺の手から恭しく短剣を受け取った。
これで、帝都での俺の役目は完全に終わった。
未知の鉱石の調査と実用化。そしてほんのちょっぴりの親善大使の真似事。
一時はどうなることかと思ったが、なんとか落ち着いたな。
謁見を終え、金剛宮の豪奢な廊下を歩きながら、俺は大きく息を吐き出した。
「大役、お疲れ様でした、エイゾウさん」
隣を歩くカテリナさんが、安堵の笑みを浮かべて労ってくれる。
「ええ。カテリナさんやアネットさん、そして〝竜の息吹〟を手配してくれたヴィクトリアさんの協力があったからこそ、無事に完成させることができました。感謝しています」
「ふふ、私は陛下のために素材の手配をしたまでですよ」
ヴィクトリアさんが理知的な表情を崩し、少し照れくさそうに微笑んだ。
この帝国での仕事も悪いものではなかった。
だが、今の俺の心は、すでに遠く離れた〝黒の森〟へと向いていた。
家族同然の仲間たちが待つ、騒がしくも温かい我が家。あそこに戻り、自分の工房でいつものように鋼を打つ日常が、今は無性に恋しい。
「さあ、帰る準備をしましょうか」
俺の言葉に、カテリナさんとアネットさんが力強く頷いた。




