帝都が見える
朝の清々しい空気の中、俺たちを乗せた馬車は城塞都市を出発した。
宿での朝食のおかげで、長旅の疲労はあまりないように感じる。
馬も丁寧な扱いを受けたのだろう、馬車は昨日までと変わらず、一定のリズムを刻みながら帝国の街道を滑るように進んでいく。
「それにしても、見事な街道ですね」
流れる景色を眺めながら、俺は感嘆の声を漏らした。
帝都が近づくにつれて街道はさらに道幅を広げ、大型の荷馬車が3台並んで走ってもまだ余裕があるほどだ。敷き詰められた石畳も隙間なく精巧に組まれており、馬車の板バネへの負担も少なそうだ。
鍛冶屋として、あるいは物作りに関わる者として、国家規模のインフラ整備の質の高さには素直に感心してしまう。
「帝都へと続くこの大街道は、帝国の血脈そのものですからね。維持管理には相当な予算と人員が割かれているのです」
向かいの席に座るヴィクトリアさんが、誇らしげに、しかしどこか落ち着いた笑みを浮かべて答えた。
その隣に座るハリエットさんも「ええ、その通りです」と深く頷いている。
昼を過ぎたあたりから、景色は少しずつ変化を見せ始めた。
これまでは農地も増えてきたとは言え、荒涼とした岩山や、乾いた平野の割合が多かったが、次第に人の手が入った豊かな農地が目立つようになってきた。街道を行き交う人々の数も目に見えて増えている。
すれ違うのは、近隣の村から野菜を運んできたらしい農民の荷車や、長旅の垢にまみれた重武装の傭兵団、あるいは色鮮やかな天蓋をつけた豪商の馬車など、実に多様だ。町を一つ飛ばして一気に帝都へ向かうという強行軍ではあるものの、道中は驚くほど順調だった。
「エイゾウ様、あちらをご覧ください」
ふと、ハリエットさんが窓の向こうを指さした。
彼女の指す方角、遠くの平野を横切るようにして、太陽の光を反射してキラキラと光る巨大な水面が見えた。最初は湖かと思ったが、その形はずいぶんと不自然なほど真っ直ぐに伸びている。
「おお、あれが帝都に繋がる運河ですか」
「はい。元々は自然の河川だったものを、何代か前の皇帝陛下が大規模な土木工事を行い、運河として整備し直したものだそうです」
ヴィクトリアさんが補足するように説明してくれた。
「あれだけ水量が豊かで幅が広ければ、大型の舟も通れそうですね」
「はい。遠方の鉱山から採掘された鉱石や、大量の木材、穀物などは、あのように水路を使って帝都の近くまで運ばれることが多いのです。陸路よりも遥かに効率が良いですから」
鉱石の運搬、という言葉に、俺の鍛冶職人としてのアンテナがピクリと反応した。
うちの工房では、カミロのところで購入し、クルルに運んでもらっているが、国を挙げての大量生産となれば、やはり水運の力は絶大だろう。帝国を支える武具の数々も、ああして運ばれてきた素材から生み出されているに違いない。
〝黒の森〟の我が家で、リケたちと槌を振るう「いつも」の光景が頭をよぎる。あの小規模でのんびりしていながらも、質の高い物作りの空間が俺は一番好きだが、こうして大国のダイナミックな物流を目の当たりにするのも、なかなか面白い経験だ。
途中途中で休憩を挟みつつもかなりスムーズに進んで来たが、それでも時間は過ぎていく。やがて太陽が傾き始め、空が淡い橙色に染まり出した。
夕方が近づくにつれ、街道の喧騒はさらに熱を帯びてくる。道の両脇には、旅人向けの小さな茶屋や簡易な宿場、馬の蹄鉄を打ち直すための小さな鍛冶屋などが途切れることなく続くようになり、もはや巨大な一つの町の中を走っているような錯覚さえ覚える。
「いよいよですね」
アネットさんが、少し緊張した面持ちで姿勢を正した。
「ええ。皆さんの旅も、ようやくひと段落です」
ヴィクトリアさんの言葉に、俺は背筋を伸ばし、少しだけ頭を高くする。
なだらかな丘を越えた瞬間、目の前の視界が一気に開けた。
地平線の彼方、夕霞がかった空気の向こうに、これまで見てきたどの町とも比較にならないほど巨大で、圧倒的な質量を持った城壁がそびえ立っていた。
壁の内側には、天を突くような尖塔や壮麗な建造物のシルエットが幾重にも重なり合い、夕日を受けて黄金色に輝いている。
俺たちの目的地、帝国の心臓部である「帝都」が、ついにその威容を現したのだった。




