帝都入りの朝
柔らかなベッドで目を覚ます。
城塞都市にあるちょっといい宿のベッドは、マットレスの反発も心地よく、なるほど良い宿なのだなと思わされる。
だが、やはり〝黒の森〟の我が家にある、いつものベッドの寝心地には敵わないな、と起きて早々に家族のことを思い出した。
俺はどうやら、自分で思っている以上にあの森の生活が「いつも」になっているらしい。
軽く身支度を整え、護身用であり家族の証でもあるナイフと、懐刀である『氷柱』をしっかりと帯刀してから、一人部屋を出た。
階段を降りて1階へ向かう。昨晩は落ち着いた夕食の場だった食堂兼談話室は、清々しい朝日が差し込み、爽やかな朝食の空間へと様変わりしていた。
すでに厨房からは食欲をそそる匂いが漂ってきている。俺の腹の虫が、それに呼応するように小さな鳴き声を上げた。
「おはようございます、エイゾウ様」
食堂を見渡すと、窓際の大きなテーブルから声がかかる。ヴィクトリアさんとハリエットさん、それにカテリナさんとアネットさんもすでに席に着いていた。
「おはようございます。皆さん、お早いですね」
「エイゾウ様こそ。昨晩はよく眠れましたか?」
「ええ、とても快適でした。おかげで長旅の疲れもすっかり抜けましたよ」
俺が席に着くと、タイミングを見計らったように給仕が朝食を運んできた。
柔らかいパンに、厚切りの燻製肉、湯気を立てる温かいスープ。こういうところも「いいところ」感があるな。
「うん、美味い」
パンの柔らかさと、滋味深い燻製肉に俺は素直な感想を漏らした。
俺の作る朝食も家族には好評だが、たまにはこうして人が作ってくれた美味い飯を食べるのも良いものだ。
サーミャやリケたちにも、いつかこういう場所の料理を食べさせてやりたいな、とまたしても家族の顔が浮かぶ。
「それは何よりです。さあ、しっかり召し上がってくださいね。今日はいよいよ、帝都へ入る日ですから」
ヴィクトリアさんが、優雅にスープを口に運びながら言った。
「ええ。昨晩のお話の通り、予定していた間の町を一つ飛ばして、一気に帝都まで行くのですよね」
「はい。皆様の準備が整い次第、すぐに出発いたします。この町から帝都までは、街道もさらに広く整備されていますので、馬車の速度もより安定するはずです」
ハリエットさんが、朝から元気よくパンを齧りながら答えた。彼女はドラゴニュートだからか、見かけによらず結構な量を食べる。
それがクルルのように足りない魔力を食事で補っているのかまでは分からなかったが。
「そういえば、運河は使わないんですか?」
俺が聞くと、ハリエットさんが首を横に振った。確かこの町から帝都までの運河(元々ある河を利用したものらしい)があると言っていたような。
それを使えば、安定して帝都に到着できるのでは無いかと思うのだが。
「馬車を運ぶとなるとなかなかに大変ですし、なにより自由が利きませんので、万が一にも襲撃などがあると厳しい状況になってしまいます」
「ああ、なるほど」
確かに、馬車ごと舟に乗ったり、襲撃の時に逃げ場がないとなると厳しそうだ。荷物などは引き上げも大変なので狙われにくいだろうが、俺たちを襲う輩がいるとすれば、その目的は命だろうし、わざわざ不利な状況になるのは避けた方が良いのは確かだな。
「夕刻前には帝都の正門に到着できる見込みです。ただ、帝都の門は厳格な出入りの審査がありますので、少し混雑しているかもしれません。……まあ、今回は、全く問題ありませんが」
ヴィクトリアさんがくすっと笑う。帝国側の差配で普通なら何時間も待たされるところを最優先で素通りできるのだから、ありがたいことこの上ない。
「しかし、いよいよ帝都ですか」
俺は食後の果実水を飲みながら、窓の外を見た。
すでに町はゆっくりと動き出しており、窓の外の通りには何人かの商人や荷馬車が行き交っている。
時間を考えれば、これだけの人数でもかなり多いと言っていい。帝国首都近郊の規模感はかなりのものなのだな。
「エイゾウ様、少し緊張されていますか?」
アネットさんが、気遣うように声をかけてきた。
「いや、緊張というよりは……どんな所か楽しみだな、と。それに、早く仕事に取り掛かって、早く家に帰りたいという気持ちもありますね」
俺が正直に答えると、同席していた全員が微笑ましいものを見るような顔になった。
「ふふ、エイゾウ様らしいですね」
「ええ。でも、そのお気持ちは分かります。ご家族が待つ温かいお家があるというのは、素晴らしいことです」
ヴィクトリアさんとハリエットさんが頷く。
「さて、腹も膨れましたし、そろそろ行きますか」
俺は最後に残った水を飲み干し、席を立った。
今日、俺は帝国の中心へと足を踏み入れる。そこで何が待っているのかは分からないが、俺のやるべきことは変わらない。
依頼された仕事をきっちりとこなし、そして、家族たちの待つ「いつも」の生活へと帰るだけだ。
「さあ、帝都へ向かいましょうか」
俺たちの乗る馬車は、いよいよ最終目的地へと向けて動き出した。




