城塞都市の夜
案内された俺の部屋は、3階の角部屋だった。
今回も宿泊にあたっては、俺の部屋は一人部屋が割り当てられている。同行しているカテリナさん、アネットさん王国組と、ヴィクトリアさんとハリエットさん帝国組が、それぞれ別の広めの部屋を相部屋として使っているらしいのも前日と同じである。
俺としては、一人で気兼ねなく足を伸ばして寛げるのは純粋にありがたい。
今回の宿はちょっと良いところ――スタッフは恐らく皇帝側の人間で占められているだろうが――なので、部屋の中にはこれ見よがしな派手さはないものの、調度品の一つ一つに上質な木材が使われており、ベッドのマットレスも幾分分厚いものが使われていた。
我が家の「いつも」の素朴な寝床も最高だが、たまにはこういうのも悪くないかなぁ。
荷物を置き、軽く旅の埃を払ってから、俺は1階へと降りた。
ちょっと高級とは言え、宿は宿。1階の大部分は、宿泊客向けの食堂兼談話室のようになっている。いる人間がいる人間なだけに、一般的な酒場のような荒々しい喧騒はなく、何の油を使っているかは分からないが、ランプの柔らかな光が落ち着いた空間を演出していた。
すでに中央の大きめのテーブルには、俺以外の全員が席に着いていた。
「お待たせしました」
「いえ、私達も今降りてきたところですわ。さあ、エイゾウ様もこちらへ」
ヴィクトリアさんに促され、俺は空いていた席に腰を下ろす。すぐに給仕らしき男性がやってきて、人数分の飲み物と、この宿が自慢としているらしい夕食を運んできた。
メインはこんがりと焼かれた厚切りの肉に、帝都近郊で採れたという甘みのある根菜の付け合わせ。ソースは赤ワインと果実を煮詰めたような、上品な酸味とコクがある手の込んだものだ。
……「ちょっと」いいところなんだよな?
「うん、美味い」
思わず声に出すと、ハリエットさんが我が事のように嬉しそうに(ちょっと掴めてきただけで、相変わらずあまり表情は動いていないが)頷いた。
「でしょう? ここの料理は、舌の肥えた帝都の貴族たちも太鼓判を押すほどのものなんです」
「ええ、肉の焼き加減も絶妙ですし、このソースも素晴らしい。うちの家族にも食べさせてやりたいくらいですよ」
美味い食事に舌鼓を打ちながら、自然と話題はこれまでの道程と、明日の行程へと移っていった。
「それにしても、ここまで本当にあっという間でしたね」
俺が食後の果実水が入ったグラス(酒は辞退しておいた)を傾けながら言うと、ヴィクトリアさんが余裕のある笑みを浮かべて頷いた。
「ええ。王国製の馬車に備え付けられたもので、思いの外速度を出せていましたからね」
「そちらのご用意してくださった証文も有効でした」
アネットさんも感心したように言う。
「天候にも恵まれましたし、その他の厄介事も皆無でしたね」
うんうんとカテリナさんも頷きながら言った。ちなみに彼女はしっかり葡萄酒を貰っている。
「……そこで、明日の予定について少しご提案なのですが」
ハリエットさんが、テーブルの上に広げた小さな羊皮紙の地図を指さした。
「当初の予定では、明日もう一つ間の町に立ち寄って一泊し、明後日の昼に帝都へ入る手はずでした。しかし、この調子であれば、その町を一つ飛ばして一気に進むことが可能です」
「なるほど。つまり、明日には帝都に着いてしまうと?」
「はい。明日は少し早めに出発することになりますが、夕刻前には間違いなく帝都の正門をくぐれる計算です」
明日、帝都に。
その言葉の響きに、俺は少し背筋が伸びるのを感じた。
もちろん、焦りや過剰な不安があるわけではない。
ただ、帝国という巨大な国家の中心に足を踏み入れるという実感が、急に現実味を帯びて迫ってきたのだ。
それに、早く到着するということは、それだけ早く依頼の用事を済ませて、〝黒の森〟で待つ家族のもとへ帰れるということでもある。家族との何気ない「いつも」の生活が、一日早く戻ってくるのだ。
そう考えると、日程が早まるのは俺にとって大歓迎だった。
「俺としては全く問題ありません。むしろ、早く用事を片付けて帰路につけるなら、それに越したことはないですよ」
俺が笑顔で答えると、ヴィクトリアさんも満足そうに頷いた。
「エイゾウ様ならそう仰ると思っておりました。では、明日は一気に帝都を目指すことにいたしましょう」
(いよいよ明日か)
俺は内心で静かに呟いた。
帝都ではどんな仕事が待っているのか、職人としての好奇心も静かに疼き始めている。
俺たちは明日のスムーズな帝都入りを祈って軽くグラスを合わせ、城塞都市の夜は静かに更けていった。




