1日目の宿
馬が頑張ってくれたこともあり、日が沈み始めるころには最初の町に辿り着いた。
街道にある宿場町、と言った風情のところで、ほど近いところに川が流れているのが見えたが、木々は少ない。
近づいてくる町を見ながら俺は言った。
「そういえば、壁がないですね」
野盗や獣の襲撃を防ぐなどの理由で、大抵はぐるりと町を囲む石壁か、それがなくともデカい丸太で組んだ壁がある。
それがここにあるのは柵程度(とはいっても、人の背丈よりは高いのだが)で、しっかりした防備がされている、という感じではない。
俺の疑問に、アネットさんが答える。
「なんでも、定住する人が少ないらしいです」
「都までそんなに距離がないのにですか?」
都から街までは1日かもう少しくらい。その街からここまでは1日くらい、と考えると、それなりに都に近いはずだ。都や街には住めないが、ほど近いここなら、という人も割と多そうなのだが。
「そのあたりは色々ありまして」
「あまり聞かないほうが良さそうなので、聞かないことにします」
俺が言うと、アネットさんはやや凄みを感じさせる微笑みを浮かべた。
街ほど立派な装備ではないが、衛兵らしき人物のそばを通り抜ける。衛兵さんはチラリとこちらを見やっただけで、特に何を言うこともなかった。
明らかに外敵でなければ通すんだろうな。
町に入ると、全般に建物は低く、石造りのものはあまり見当たらない。
野宿する人の溜まり場だったような場所に自然発生的にできたんだろうか。
いや、戦の時には放棄できるようにしているのかも知れない。
街道を行けば足が遅い軍でもこの町から都へは3日かもう少しで辿り着いてしまうことになるし、戦場になりそうであれば拠点になりそうなここを接収するか、さもなくば……と考えると、今のところ戦の気配はなくとも、定住するにはちょっと、と思う人が多いのかもな。
さておき、着いた先は木造ではあるが、そこそこ立派な構えの宿だった。
裏手に馬車を回し、馬ともども預けると、アネットさんは勝手知ったると言った様子で宿の主人に話を通す。
あまりにスムーズなので、何も口出しできないでいると、カテリナさんが言った。
「ご安心ください。エイゾウ様と私たちは別の部屋です」
「それはありがたい」
俺が言うと、カテリナさんはニッコリと笑い、アネットさんに、
「行きますよ」
と促される。部屋はご多分に漏れず2階にあるらしい。
その階段を上りながら、小声でアネットさんが言う。
「もう一つ、ご安心いただきたいのが……」
「なんです?」
「ここの主人は『身内』です」
「なるほど、それは安心ですね」
「でしょう」
つまり、ルイ殿下の息のかかった場所、というわけである。
殿下の組織の性格を考えれば、宿屋のような移動する人が集まる場所に目と耳を置いておくのは当たり前か。
「今後も基本的に『身内』のところを移動しますので」
「それもありがたいですね」
かなり守られながら移動できる、と言うわけだ。見かけ上2人についてきてもらっているが、もしかすると、俺が察知できない範囲で、もっと多くの人間が動いているのかもなぁ。
「それでは、すぐ下へ」
と言って自分たちの部屋へ入っていくアネットさんたちを俺は見送り、自分に宛がわれた部屋の扉を開けながら、少しの感謝を心の中で捧げた。




