書籍13巻発売記念特別編「これから」
この世界有数の僻地、〝黒の森〟。そこでリディから、アーネットは長い話を聞いた。
途中でリディは帰るかどうか尋ねたのだが、アーネットは頭を横に振った。
「大丈夫です。いざと言うときは1,2日泊まれるだけの準備と予定は立ててきました」
「そうですか」
リディは冷静に返したが、内心で「随分とヤンチャだな」と考える。エイゾウから聞いた彼女の先祖は、こんなにヤンチャだったであろうか。
もしかすると、そのヤンチャ心が書類や数字と言ったものに向いていただけで、そうではなく、実地で情報を得ることに向いていたら、彼女のように多少の無茶を押して飛び回っていたのかもしれない。
そんな考えを横に置き、リディは話を続けた。
「王国内の結構なところに、このマークが入っていると思いますよ」
そう言ってリディは懐からナイフを取り出し、そこに刻まれたマークを見せた。
〝座っている太った猫〟。これこそがエイゾウ工房のマークであり、以降、3つの工房を除いては使用が禁じられているものだ。
「おお、これが!」
アーネットは顔を寄せてまじまじとマークを見つめた。工房を構えた時点で既にオジさんだったとリディに聞いたアーネットは、随分と可愛らしいマークにしたものだなとチラリと考える。
しかし、それはすぐアーネット自身のうちに湧いた興奮でかき消えた。
「そういえば、このマークが描かれた箇所がありました! あと、うちに飾ってあるものにも確か刻まれていたはずです!!」
鼻息も荒くまくし立てるアーネット。
リディは微笑んで言う。
「エイゾウさんはフレデリカさんにお祝い事があるたび、何か作って贈っていましたからね」
リディは気の良い彼がマリウス夫妻――今のエイムール侯爵家中興の祖だ――だけでなく、他の人々にも何かあると贈り物をしていたことを思い出す。
「そう言えば、王家にも残っているはずですよ」
「え、そうなんですか?」
「ええ」
リディの記憶では、当時の王弟であるルイからの依頼がないときでも、彼に何かあればエイゾウがちょっとしたものをこしらえて贈っていたはずだ。
後でリディがエイゾウから聞いたところによると、ルイは大層喜んで、
「国宝にしようかなあ」
などと言っていたそうである。そうなっていればアーネットが知らないはずはないので、実際にはなっていないのだろうとリディは思った。
「確か、水差しなんかも作っていたような」
「沢山作られたんですか?」
「そうですね。『褒められると弱いんだよな』と困った顔をしながら、嬉しそうに話してましたから」
エイゾウが何かを作って贈るたびに小さな騒動になったりして、ディアナやアンネに「自分の立場を考えろ」と怒られ、サーミャやヘレンには「またやってる」とからかわれ、リケはその横でクルル、ルーシー、ハヤテ、マリベルとエイゾウが作ったものをキラキラした目で見ている。
そんな光景をリディはハッキリと思い出した。
「楽しそうですね」
「あの頃もずっと楽しかったですから」
そう言ってニッコリと笑うリディ。そして、彼女は話を続けた。
「さて、流石にお暇しなくては」
夜が深まって眠りにつき、朝と共に目覚めるとすぐに続きを聞いていたアーネットであったが、リディの話もいよいよ終わった。
アーネットはもう少し他愛のない話をしていたい気がしたが、もういくらか時間が経てば、森を出ることが難しい時間になっていることを考えて、発つことにする。
「そうですか。確かに、日が沈んでしまうかも知れませんね」
そう言って、優しい笑みを浮かべるリディ。どこかお母さんぽいな、とアーネットは思ったが、口には出さなかった。
テキパキと荷物をまとめ、アーネットは工房の出入り口に立つ。
「ありがとうございました!」
「また何かあればいらしてください。恐らく『気がつく』と思いますので」
アーネットは再び頭を下げ、森の道に向かおうとして……再びリディのほうを向いた。
「なにか?」
少し驚いた顔をするリディに、アーネットが尋ねる。
「リディさんって、エルフにしても長生きですよね?」
「え? ああ、そうですね」
リディは一瞬アーネットの言った意味を掴みかねたが、すぐに理解する。
フレデリカからアーネットに至る月日を考えれば、長命なエルフとは言え、本来であればリディもとうにエイゾウ達がいるところへ行っていてもおかしくない。
そう言われているのだ。
「んー」
リディはそう言っておとがいに指を当てる。可愛らしい仕草だなとアーネットは思った。
やがてリディは悪戯っぽく微笑みながら、片目を瞑ってこう言った。
「秘密です。エイゾウさんについて追っていけば、恐らく分かるかと思いますし」
「それは……」
アーネットが言うと、リディは頷いた。
すぐにアーネットは理解する。リディは「エイゾウについて調べてもいい」と言っているのだ。
そして、リディは懐から何かを取り出すと、アーネットに握らせた。
「これを持っておいきなさい。誰に、と聞かれたら私の名前を出していただいても良いです」
アーネットにが手を開くと、そこにあったのは黒っぽい盾の形をしたバッジのようなものだった。
「ありがとうございます!」
再び頭を下げるアーネットに、リディは何でもないというように手を振った。
アーネットは工房から〝黒の森〟に一歩踏み出した。それは、失われた名をこれから再び照らし出す、その最初の一歩だった。
書籍版13巻が本日発売されました! 連休のお供にどうぞ!
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