待ち人来たる
家を後にし、〝黒の森〟を進む。一人でここを行くのはいつ以来だろうか。
もしかしたら、魔物討伐隊に随伴したときが最後かもしれない。
だとしたら思ったよりも長い期間、一人歩きをしていないことになる。
家族を邪険にするわけではないが、たまには一人で歩けるようにする必要があるかもなあ。
家族皆はそのままに、俺だけが放浪することが絶対に起きないなどという保証はないのだから。
そんな俺の心中を慮ってくれたわけではないだろうが、太陽がうっすらと雲に隠れはじめた。
樹冠の厚さと、〝黒の森〟の名に恥じぬ樹皮の黒さで、普段から薄暗い雰囲気の森が一層暗くなる。
外から来た人は不気味さが増したと思うのだろうが、森に住んでいて勝手知ったる俺にとってはいつものことで、これくらいの変化では森の獣たちの動きがそう大きく変わらない、つまり、危険度が大きく上昇していたりしないことも分かっている。
とはいえ、鼻唄混じりでブラブラと歩けるような場所でないことも確かで、例えば魔物化した熊に出くわしてしまえば、一気に危険になる。
その時は腰のあたりに忍ばせてある〝氷柱〟の出番が来てしまうだろうが。
なので警戒は怠れないが、気を張りすぎてはこの後待っている長時間の移動を前に疲弊してしまうのは明らかだ。
ほどほどに、危険過ぎる気配がないかだけに気を配りながら、遠くで木の葉を食んでいるらしい樹鹿を見たり、危険がないと判断したのであろう森狼の母親が子供を遊ばせているところを眺めながら、そして、この場にディアナがいないことで肩の無事を喜びながらも一抹の寂しさを覚えつつ、俺は〝黒の森〟を進んで行った。
警戒しているとは言え、他に気を配るものもなく進めば、早く進めてしまうこともまた確かで、想定よりもだいぶ早く「森の入り口」と呼んでいるところまで来てしまった。
ここの道端でのんびり待っても良いのだが、軽装の人間がこんなところでのんびり休憩しているのは違和感しかない。
なので、いつかそうしたように、茂みに身を潜めつつカミロの馬車が来るのを待つ。
待っている間にも、他の馬車が数台通り過ぎたのだが、俺はあることに気がついた。
そのうちのいくつかは揺れが少ないように見えたのだ。
よくよく見ればそれらには、俺がカミロに教えたサスペンション――板バネのみのごく単純なものだが――が備わっていた。
「カミロが普及させつつあるのかな」
去年に教えてからそこそこの期間が過ぎてはいるが、この世界の標準から言えば早いペースなように思う。
元は俺の腰と尻を守るために、僅かばかり時代を先取りしたものを教えてしまったが、馬車を操る人々に恩恵があるなら、ちょっとの変化はこの世界の神様にも見逃して欲しいところである。
待ち始めてから体感で1時間経たない頃、見知った顔の御者が操る馬車がやってきた。
見知った顔、と言ってもそれはカミロではない。彼のところの番頭さんでもない。
マリウスのところの使用人、カテリナさんだ。見れば荷台には王家直属の密偵であるアネットさんもいる。
俺はつくづく怖い女性に縁があるのだなと苦笑しつつ、身を潜めていた茂みからゆっくりと出て、彼女たちに大きく手を振った。
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