出発前の夜は更けて
その日の夜。〝氷柱〟の完成祝いと、翌朝の出発を控えての壮行会を兼ねた宴が、我が家で催された。
宴と言っても、俺がちょっと良いものを作り、普段よりも少し多めに酒を呑むだけの、ごくごくささやかなものだが。
これがもし出征であったり、向こう2ヶ月ほど帰れないとなれば、大々的にやっただろうが、そう言うものでもないしなぁ。
「まあ、なるべく早く帰ってこれるようにします。乾杯!」
なので、あまり締まらない音頭ではあったが、森に乾杯の声が響いた。
宴はワイワイと進み、合間合間で俺がアンネに帝国の生活について聞いたりする。
「私の生活は宮廷が主だったし、王国とそう変わらないわよ?」
「俺も宮廷に呼ばれるのはあり得るだろ?」
普通は招請した相手と言えど、鍛冶屋程度なら一度謁見の間かなんかに呼ばれて、あとは街のどっかの家をあてがわれるとかだろうが、今回はそれで終わらない可能性もあるなと思ったのだ。
やや自惚れがあることは否定しないが。
「それは……そうね。王国から呼ぶのは二国間の仲の良さを見せる意味もあるでしょうから、元々普通よりは丁重に扱われるとは思うけど、お父様が関わってないはずがないし、そうなると気に入られてるエイゾウが国賓とは言わなくても、それに近い扱いになる可能性はあるわ」
「だよなぁ」
俺は肩を竦めたが、アンネはなんともないかのように言う。
「でも、気にすることないと思うわよ」
「そうなのか?」
「北方から来た、王国のそれも〝黒の森〟に住んでいる、なんて人ならまず、色々教えるべきでしょ」
「なるほど、それはそうか」
特殊すぎる出自の人間を招くのだから、帝国の作法や常識を知らずとも仕方ない。守ってもらう必要があるところは、教えなくてはならないと考えるだろう、ということだ。
「帝国の人間もそこまで狭量ではない。と、思わせたいでしょうしね」
事情をよく知らない相手に目くじらを立てては、「帝国の人間は知らない相手にアレコレ言ってくる狭量だ」と言われかねない(俺がそういうことを言わないだろうことは皇帝陛下も承知しているとは思うが)ので、そう思わせないように「優しく」してくれるだろうことは、確かにあるだろうな。
「仕事はあるでしょうけど、それ以外はどこに案内されても、くつろいでたら良いんじゃないかしら」
「仕事はさておき、宮廷だったらくつろげるか不安だな」
なんせ中身はまだ一般的な日本人が抜けきっていないオジさんなのだ。分不相応な場所に通されてのんびりできるほど肝が据わってはいない……と思う。
ディアナが俺たちの会話を混ぜっ返す。
「じゃ、王国だったら?」
「出てきそうなのはルイ王弟殿下か。あの人はあの人で癖が強いから、気が休まるときがあるかは分からんな」
俺がそう言うと、ディアナは目を丸くした。直接会ったことがあるのはアンネとヘレンだけだから、話してあるにしても、ディアナには実感がないに違いない。
「ま、なるべく庶民的なところだとありがたい」
「そうね。そっちのほうがいいでしょうね」
「エイゾウだからねえ」
俺が再び肩を竦めて言うと、アンネとディアナが揃って笑うのだった。
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