夏の氷
良い時間なので、まず鍛冶場を片付け、できたばかりの刀を手に外へ出る。
最終確認、というやつだ。前は皆のぶんも作ったほうが良いかどうかの判断をするためだったのだろう。ヘレンは今回自分も試すとは言い出さなかった。
そばで見てくれてはいるが。
「うん、悪くないな」
刃が夕暮れの陽光を照り返しながら、風切り音を立てる。手の延長……と言うには俺の腕前が追いついていないが、物としては申し分ない。
そしてもう一つ、試すことがある。
俺はいったん刃を鞘に納めた。白木の棒の様になったそれを腰だめに構える。
「シッ」
鋭く口から息を吐きながら、抜き放った。反りがないので、やや引っかかる感じはあるが、十分な速さで抜き放ち、斬りつけられることが分かった。
そう言えば、前の世界に盲目の人が仕込み杖を使う作品があったなぁ。
思い出したので、柄の部分を順手ではなく、逆手に構えてやってみる。
「うーん、違和感があるな……」
反りがないのを補ってくれる感じではあるのだが、問題は抜き放った後だ。
勿論、それで下から上へと斬りつけられなくはない。一撃だけを考えれば十分だろう。
しかし、問題はその後、初撃を外したときの追撃だ。
刀は剣と違って片刃である。振り上げたそのまま振り下ろせば斬りつけられる剣と違って、刀は刃を返す必要がある。
突くにせよちょっと制限は出そうだな。逆手はそれを練習して極めていれば、十分に有効なのだろうと思うが、「付け焼き刃」の俺にはちょっと難しいだろう。
ここは臨機応変に対応するか。
一応、プロの意見を伺ってみる。
「ヘレン、順手と逆手、どっちがいいと思う?」
「順手じゃないか?」
そばで腕を組んで見ていたヘレンに聞くと、彼女はあっさりと答えた。
「その心は?」
「〝薄氷〟も考えたら、逆手を練習してもあんまり意味ないだろ」
「そりゃそうか」
今回のは護身用に、一見してそれと分からないようなものを作っている。いわば緊急用なわけで、それを考えれば逆手を一生懸命に練習するメリットは確かに薄い。
「将来、暇ができたら練習するよ」
「おう」
へレンは大きく頷くと、ディアナたちのところへと踵を返す。今度は彼女らの稽古をつけるのだろう。
その途中、ヘレンが振り返って言った。
「そういえば、それはなんて名前なんだ?」
少し離れているディアナたちも、俺のほうを見ている。
「そうだなぁ……」
刀をしまい、今度は俺が腕を組んで頭をひねる。
〝薄氷〟は刀身がアポイタカラ製で仄青く光るし、刃が薄い(剣と比べて、だが)のでつけたものだ。
こいつは凝ったことはしていない。材質は鋼だし、反りもなく、刃文も直刃で、鍔などがなく、刃をしまうと柄と鞘が一体になって、棒のように見えることだ。
その柄と鞘も白木で、彫刻も染色もしていない。
「待てよ」
細長くて白い、氷にも関係のあるものと言えば、一つあったな。
「こいつの名前は〝氷柱〟にしよう」
「ツララ?」
いつの間にか近くに来ていたサーミャが首を傾げた。
俺は彼女に向かって頷く。
「屋根の上に積もった雪が少し溶けて、軒先でまた凍って氷になると、その氷が少しずつ伸びて柱みたいになるんだ。それを氷柱って言うんだよ」
去年、この〝黒の森〟でも積雪はあったが、長くは積もっていなかったし、そこまで気温が下がりきることもなかったので、氷柱は目にしていない。
サーミャの様子を見ても、氷柱ができるような条件になることはあんまりないんだろうな。
サーミャが俺が手にした〝氷柱〟を見て言った。
「へー、ああ、白くて細いからか」
「そうそう」
俺は再び頷く。
「いいね、暑いときに涼しい名前は大歓迎だよ」
ヘレンが言って笑い、クルルたち娘も含めた笑い声が、夕日の沈む〝黒の森〟に響くのだった。
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