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0-3上 自問自答――器物損壊

内容圧縮、表現修正……2019/02/05

 『上司』の丸投げ的な職務任命の後、さしあたって彼女が『感触』により認識できる範囲のデータは集め終わったようだが、その顔色は思わしく無い。


 ――んー、ルールとか、前例の資料とか、無いのかな……細かいルールがあればその範囲内で考えるけど……ん、無いね。


 新しい世界を構成する未知の物質や法則、管理区域に存在する未知の生命体に対する新鮮さや驚きへの期待などよりも、無視できない違いや不都合、『上司』の放任度合いに困惑しているようだ。


 ――骨が弱ってるからリン作れって言われても……リンってなんだろう……聞いたことはあるけど……。


 極めて汎用的な、センサーのような『感触』という特性があるといっても、受け取った情報から対象を判別する知識が無ければ意味が無い。

 物質工学的な知識など、彼女は持たない。

 『感触』による感じ方も、身近なモノを除いてはほとんど知らない。


 ――病んでも苦しむだけで死なないって……苦しまない手段か治す手段を教えて欲しいかも。


 過程や結果だけでなく、そこに内包される心、リスクの想定不足に任意連絡の拒絶。


 丸投げと言って差し支えない。


 ――無限エネルギー無限資源を……十分な精神性の生き物に……運用させる……だっけ?


 ――でも、たぶん……今の地球社会をあの人が言ってた感じで表現すると、精神的に弱肉強食っぽさが残ってて、農耕社会を抜けてないってことになる……のかな?


 少なくとも、限りない資源を任意に生み出せるほどには達していないのではなかろうか。

 技術がどこかにあった可能性、地球の外にある可能性などは否定できないが、一般的な地球人には無縁であろう。


 ――口調がアレだし、私の考え方に寄せてたって考えると……。


 そう考えるのは妥当なところかもしれないが、しかし――、


 ――その野生が捨て切れないみたいな中に私も入ってるような……欲とか無いけど、神様やる意欲も無いんだけど……。


 躊躇して当然の状況。


 少なくとも、管理者能力の扱い方をマトモに知らされず、うっかり自分に使用した場合、規模や部位によっては悲惨な事になる。


 ――全部、想定内なら……でも……。


 もしも、起こり得る可能性が全て計画の上にあるのなら、この悩みもまた織り込み済みなのであろうか。


「無限な資源……想像もできないのに、目指せって言われても……」


 知らないからこそ、できる何かがある、という事か。

 しかし、混乱や困惑、諦めすら超えて逃避の感が強いようで、重々しい気だるさを声色に滲ませる。


「できるって思ってなかったら、やらせないんだろうけど……にゃ……」


 周りを見渡すと、相変わらず仮想現実とも現実とも判別がつかない街道が、延々と伸びている。

 といっても、街道そのもの以外は作り物の感が強い。


 遠景は、ランダム生成されたパーツを組み合わせた舞台背景のような不自然に長閑な田園が広がり、所々に昭和日本の農村のような木造建築が見える。


 田畑には雑草ばかり。

 空は、どこまでも広がる青空。


 以前の鮮やかなオレンジ一色の夕暮れ――いつまでも日が落ちない、動きのない夕暮れではない。


 落ちていた本は、いつのまにか開いていた。


 ――読んで欲しいのかな?


 目をつむり、手足の『感触』を確かめていたのは、今この場所とその身が実体を持つのか確認するためか。


 ――体とアバターが、重なってる。


 その感覚の確認のため、以前と同じ操作により、本を覗き込むように視点だけを動かす。


『ちなみに、地球に帰る事は出来ないよ。知らせた通り、ここの外は管理区域の中にある星のどこかだから。じゃ、よろしくにゃー』


 ――にゃー、じゃないよ……。


 自分の口調を棚に上げて、黙考する。


 ――外に出る方法は、なんとなく分かる……気がする。


 推論的に考えても、分からない事が多い以上、理ではなく勘で判断し始めたようだ。


 ――外からここに戻る方法は……分かんないけど、方法はあるはず。


「そういえば、ツールってあったけど……実質ノーコストで、分解結合、拡大縮小……えっと、あとは……抽出挿入、変質だっけ?」


 ――ん……本が怪しい……っていうか……。


 周囲のオブジェクトはどうしようもなく作り物の感が滲み出ていたが、この本だけは実在感を強く纏っていた。


「本しか無いしにゃー……誰も居ないしにゃー……にゃーっ!」


 道端の草が揺れる。


 寂しさに、押さえつけられるように腰が曲がる。

 頭の重さに自然と足が進み、本に向かってそっと手を伸ばす。


 そして、そっと本を閉じた。


 ――チガウ。


 再び、そっと開く。

 自然と『よろしくにゃー』が目につく。


「そっか……他人のにゃーは、こんなにイラッとするものなんだね……」


 ストレスが溜まりすぎたのか、そのページを破るつもりらしい。


「にゃーっ!」


 全体的に柔らかい素材で装丁された表紙部分を掴むと、一瞬で綺麗に引きちぎるイメージで、アバターなのか体なのか、その手を動かす。


 ――⁉︎


 延びのある細い金属を弾いたような音と共に、一瞬の閃光の後、ページが消える。


「……?」


 酷く呆けた表情で、すぐさま今の現象を思い浮かべながら、何が起きたか調べようと、開いたままの本を見つめる。


「あぶっ」


 すると今度は、鈍い破裂音。

 そしてページのあった場所に、黒く塗りつぶされたような、真っ暗な闇が薄く広がり消えてゆく。


「……戻った?」


 そこには、少し歪んだ『よろしくにゃー』の文字が見られた。

 ページ自体もおおよそ元の状態で現れた。


 ――分解結合……拡大縮小……抽出挿入……ん、分かんない。


 音と閃光、光の吸収。

 そこから、該当する能力を推測しようと考えを巡らせるものの、やはり判然としない様子。

 裏側も確認するため、ページをめくってみると、その先の文章が自然と目に入る。


『イラッとしちゃだめだにゃー。でも、破って戻して気がついたかな? その光が抽出されたエネルギーだよ。真っ暗なのが、それを戻したってコト。ちゃんと元に戻ってなければ、余分な物が結合したのかもねぇ。なんとなく分かったかな? 次のページは詳しい手順についてだよ』


 ――私に似てるから釣りやすかったのかな……。


 苦笑しながらも、納得の表情を見せる。


 ――少しは考えてくれてるのかも。


 穏やかな面持ちで、ページをめくる。


『やっぱめんどくさいから、あとは自分で勝手に考えるのにゃー。残りのページは実験素材いれとくにゃー』


 そっと、本を閉じた。


 そして、両手で持ち上げて大きく振りかぶると――、


「にゃーっ!」


 勢い良く地面に叩きつけた。


 閃光が迸り、甲高い音が響き渡る。


 それに一拍遅れて、勢い良く飛び出したのは、鉱石のような石、跳ねる純銀色の球体、ゲル状物質。

 そして、綿のようにフワッとした見た目に反して、鈍重な音を立てて転がった白銀色の塊。


「……ふぅ」


 軽く、目をつむる。


「……なんなんにゃ」


「……?」


 足下には、直径数十センチほどの何かが震えていた。




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