2-4 恫喝的な謝罪――親交
大抵押しが強い方が得をする、という通説がある。
「――傲慢な我らを許して欲しい!」
変則的土下座エリアに踏み込んだ二人が目にしたのは、全てを委ねる姿勢を追求し過ぎたあまり、かえって軽い脅迫になりつつある、恫喝的な謝罪であった。
「……あー、困るけぇ。ウチは別に、鼠の子らの代表っちゅうわけやねぇでなぁ……」
出会い頭に大勢で取り囲んで、謝罪の押し売りというのは、わりと凶悪かもしれない。
あくまで今回は、イモを得るために交渉しに来たのであって、謝罪を受け取りに来たわけではない。
交渉の場に立つ前段階で、ここまで天秤が傾いているというのは、非常にやり難いものがあろう。
「帰ってきてくれ!」
「もうイモだけじゃ無理!」
「うるせぇ! そういうところが嫌われてんだろ! 俺だけで謝りに行く!」
「何を言う! お前が鼠を煽り過ぎたからこうなってんだ! 余計逃げられる!」
「こいつら嫌い! 守り役さん! 私、鼠さん達と暮らす! 連れてって!」
誰も、ライの話を聞いていない。
発言はバラバラ、しかし、我が強くマイペースな点だけは共通している。
次々と似たような、勢いの良過ぎるアピールを投げつけられるため、対話にすらなっていない。
「ちゅうか、どっちかっちゅうとなぁ、あっちから来ちょる黒姐さんが『神さん』でなぁ……」
せめて、面子が揃うまでは話が動かないように、向かって来る黒い神達を指し示して振り返りながら、彼らの意識を自分から外そうと試みる。
「今一度! この……ん? 今、なんと? 神?」
ライの『神さん』というのは、確かに意訳変換では『あらゆる生物を管理する者』というニュアンスの言葉になっていたが、別の意味が大きいであろう。
ライ特有の表現であるため、この場合は神という具体的な立場では無く、ライがこの場において、その意思をなるべく尊重したい人物という意味であろう。
「白姐さーん! この見た目ならー! 今度は大丈夫かなー!」
前回鼠人の集落では、まだあどけない鼠幼女を、猫人に勘違いさせ驚かせてしまった。
そこで、今回は猫人の集落という事で、あえて猫人の要素が強いと思われる、そのままのスタイルで行く事にしたようだ。
ちなみに、ニャマコのネコミミは巻貝タイプから、黒艶ふんわりタイプに戻っている。
「神……俺らと似てる……神! グルゥ!」
何かに気づいたのか、まだいくらか離れているにも関わらず、集団の中から一人、地に沿うように直線的な飛び込みで急接近する。
「え⁉︎ なに? その滑り込み……」
集団の中でも、特に色濃い獣性が見られる毛並み豊かな猫人青年が、黒い神の眼下に滑り込む。
接近速度が速過ぎて、黒い神が認識できていたかは不明だが、顔面土下座の態勢のまま鋭く地を蹴って、一蹴りで到達している。
やや硬さの見られる集落前の地表には、その勢いで強く抉れた跡が残されていた。
その青年は、黒い神の足先ギリギリに滑り込むと、そのまま寝転んで横向きになり、顎を突き出す。
「グルゥ……グルルゥ……」
そのまま、緩んだ顔で鼻を震わせて、匂いを嗅ぎ出す。
そして、立てていた耳とヒゲを下向きに伏せて、尻尾はピンと真っ直ぐに伸ばすという、獣性を丸出しにしたような姿を見せる。
「……あ、いや、うん。えっと……たぶん神で合ってるけど……でも……なんか、違くない?」
神と叫んだ事から、おそらくは信仰対象に対する何かを示しているのであろう。
先程までのライに対する、畏れに身を固めながら懇願するような雰囲気なら、まだ分からなくもなかった。
しかし、この超アグレッシブに甘えかかる猫のような姿に、それらしい感情は見て取れない。
「これは……信仰というよりも、服従と親愛かにゃ?」
動作を意思伝達手段として捉える事で、ジェスチャーに対する意訳変換のような事も不可能ではない。
しかし、解析結果が曖昧過ぎたのであろう。
黒い神の『感触』経由で伝わった感覚から、ただ思いついた感想をそのまま述べたようだ。
「流石は黒姐さんやけぇ。貫禄違うなぁ!」
黒い神の気持ちを気遣ってか、それとも、この場で尊重するべき対象を猫人達に示したいのか。
少し無理のある褒め言葉で、強引に持ち上げる。
「え、なに? 撫でたらいいの? あ……もしかして、顎下いっちゃう感じ?」
そこそこ良い歳に見える青年が、その野性味溢れる厳つい体格で、喉元から重低音を響かせる。
どうやら、『顎下いっちゃう』前に、既に全力で懐いているようだ。
黒い神の枯れかけた母性を、その獣性が巧みに感じ取ったのであろうか。
後ろで顔面土下座待機していた、より人間に近い見た目をした者達も、次第に瞳孔を丸々と開いて、微妙に近づきながら鼻を鳴らし始める。
「……えっと、さっき普通に喋ってたよね? 意訳変換効いてる? なんか、これもう猫人っていうか、まんまネコだよね?」
確かに、野生を残しているかすら危うい、ただの飼い猫のようである。
未だ、会話が困難な状況に変わりないが、ここにきていよいよ、簡単な感情伝達すら危うい。
「……意訳変換には、ある程度明確に伝える意志が必要にゃ。変換された言語は、音声であれば、直接相手の聴覚に伝えられるのにゃ」
伝達意思の有無だけでなく、近似する意味合いのフレーズが存在しない場合や、ある程度コンパクトに収まる表現が存在しない場合も、変換処理がスルーされてしまう。
しかし、猫人と多少は交流があるライが何も言わない辺り、少なくとも深刻な状況では無いと思われる。
「それって、『にゃー』とか、『うみゃー』とかじゃないよね? それなりの言語だよね……?」
例え、元から鳴き声に近い言語であったとしても、先程までは言葉としての体を成していたはずである。
「ちなみに今、お主の周囲を分析したが、特に変わった成分は見当たらんにゃ」
既に、足元の青年は、恍惚とした表情で体をだらけさせており、そこに見られるのは猫の持つ愛らしさではなく、ただの危ない人物の醜態。
いつのまにか、周囲の猫人達の間にも、喉を鳴らす響きが広がり始める。
止まない重低音の合唱の中、恍惚とした表情を浮かべて地面を揉みしだき始めた様子には、何か既に手遅れの感が漂う。
「ふむ……見た目を、こやつらに似せなければ改善するかにゃ? 一度、離れてみるにゃ」
どうやら、この事態の原因を、ネコミミと光る尻尾に見出したらしいニャマコは、ヘルメットモードから通常モードに移行し、黒い神の頭部から飛び降りる。
「これで、どうかにゃ?」
「……グルゥ⁉︎」
飛び降りたニャマコを目にするなり、急激に瞳孔と瞼が開き出す猫人達。
そのまま、ニャマコを力強く凝視し、腰をやや落として、足先に力を込める。
集落の周りはやや地面が低く、踏み固められて硬くなっており、肉球に踏みしめられる摩擦音が聞こえる。
「にゃ?」
着地時の振動を外に逃がすため、上下左右に僅かに揺れるニャマコ。
「……な、なんにゃ?」
ジリジリとにじり寄るように近づく摩擦音と共に、猫人の踏みしめた足先、そして手の先に、鋭い爪が伸びてゆく。
「あ……ねぇ、ニャマコ。猫じゃらしって知ってる?」
薄情にも思える方策を思いついてしまった黒い神は、その脳裏にいわゆる自走式のオモチャをイメージし、ニャマコに問いかける。
「今、思考と共に明確なイメージが伝わってきおったにゃ……うむ。よかろうにゃ。やってやるにゃ」
一瞬、気だるさのようなものを滲ませたニャマコだが、伝達されたイメージを作戦と受け取ったようで、承諾を返す。
「私ちょっと、白姐さんとイモ畑の見学に行ってくるね」
穏やかな笑顔で、別行動を宣言する黒い神に対して、落ち着いた様子のニャマコ。
思考伝達で伝えられたのは、やはり目的ある作戦のようだ。
「なんや、大丈夫けぇ? ニャマコ兄さん」
心配というほどではなかろうが、思考伝達を受けていないライは、軽く気遣うように確認を取る。
「うむ。問題無い……にゃっ!」
一度、軽く飛び跳ねながら応えたその時、猫人の一人が弾けるように宙を舞い、ニャマコの側面に衝撃が走る。
しかし、ニャマコは衝撃を逃がす事なく、あえて身を固めて受け止めたようで、滑りのよい粘土大地を勢い良く転がってゆく。
「おー、ナイススイング!」
「……信仰は得られんでも、親交は深められるのにゃ。しばらく、遊んでやるにゃ」
地を滑るように蛇行しながら、猫人の群れを潜り抜ける。
それを眺めていたライは、黒い神に呼びかけられると踵を返す。
既に、畑らしき方向にだいぶ離れつつあった黒い神に向かい、軽くつま先で地を蹴ると、一足飛びで追いつき離れてゆく。
この、爛々と目を輝かせる猫人達の歓待は、白黒二人がイモ畑の規模や、発育状態、おおよその収穫間隔や、収穫量の確認を完了し、戻ってきた後も続いていた。
「――よぉーし、超ロングパス、行くよー!」
戻って来るなり、さりげなく、それとなく、ニャマコボールのパス回しに紛れ込む黒い神。
こういう時だけは、無駄に優秀な動きと積極性を発揮する。
黒い神いわく、『ゾーンに入った』状態らしい。
ちなみに、その状態になるためには、以下のような精神的重労働を伴う。
一つには、外からの『感触』による全方位の把握。
一つには、内からの『感触』による運動状態の把握。
一つには、上記の把握した情報を並列思考により分析、予測。
これら全てをひたすら迅速に行い、第六感の域にまで高める。
要するに、センサーだらけなマルチスレッドの何か。
さらに言い換えると、例の人工筋肉モンスターの仕様を、自分に適用しているようなモノである。
超人系アメコミヒーローに、このような者が居そうな気がする。
「まだ元気そうだから、もう少し周りも調べてみよっか」
終わる目処が見えなかったため、より入念な調査を行うようだ。
黒の分解や白の吸収による、集落周りの土壌やイモ自体の成分分析との事。
「ふむ……チーム競技かにゃ?」
何やら自然発生的に、チームに分かれてニャマコを取り合い始めたようだ。
ライに対して何やら競うように訴えかけていた、あの協調性の無さが嘘のように、お互いの出方を伺い、時に協力し、時に小技を挟み込む、小賢しい連携を見せていた。
サッカーというよりは、ハンドボールかバレーボール。




