表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/251

0-0 記憶――思い出

【概略】

 盗撮対象――『彼女』がいつからか持つようになった、様々な量的変化、差を感じとる『感触』というセンサー機能が進化。

 平均、中庸、日常を貴ぶ『アルジ』による平坦なスルー。


圧縮、文体修正……2019/01/09


 彼女の現在を覗く前に、一つ気になる事がある。かつて彼女自身が語り聞かせてくれた、汎用性が高く、扱い難いセンサー機能。

 半世紀ほど前、それに強く関連する出来事が起きていたようだ。


「今度の日曜、これ行ってみようか……おーい……聞いてないな……おい、そこのニート」


 対象の主人にあたる人物。

 この時代のこの世界、この星のこの日本において、住まう者の平均を取るなら、このような姿であろうか。


「……違うよ。アンチソーシャルエンジニアだよ」


 返す彼女が、約半世紀前の対象人物。

 『今も昔も』見た目は変わらない。

 印象を一言で表すなら、黒くて薄くて小さな少女。


「なにその住所不定無職の自称なんとか」


 会話の主題が不明瞭だが、二人が見ているのはスパリゾートの広告。


「ん、来月から復帰する」


「……で、行くのか行かねーのか、どっちだよ」


「行く」


「ちゃんと朝起きろよ?」


 まるで、子供に言い聞かせるような口ぶりだが、お互いにそれを心地良く感じているのであろう。その空気は、柔らかく暖かい。


「アルジが起こしてくれる」


「置いてくぞ?」


「にゃー」


「にゃー、じゃねーよ」


 私の知る彼女いわく『意味が無いモノ』には尊い価値があるらしい。


 少し時間を進めよう。


 この辺りか。


「――ほら、ついたよ」


「ん……」


 ここは、例のスパであろうか。


 駐車場から施設内へと向かう。

 受付を過ぎると、それぞれが目をつけていた風呂場に分かれて行く。


 彼女が選んだのは、薄暗い浴室エリアを囲むスクリーンに、各地の風光明媚な景観を映し出す、というもの。


 籠りがちな彼女にとって、新鮮な外の世界を雰囲気だけでも感じる事ができるのは、それなりに魅力的なのであろう。


 脱衣所で、重ね着した黒ワンピースを脱ぐと、畳みもせずにロッカーに放り込み、足早に浴室を覗き込む。


 ――ん、なんか変な『感触』……でも、悪くないかも。


 手早く洗浄を済ませ、耐水コンクリートの大浴槽に身を沈める。


 その最中、突然ふらついて、脚を絡れさせるようにバランスを崩す。


 ――痛っ……あ、コレ……ヤバイ。


 大浴槽の縁に、手を伸ばしながらも微妙に届かず、足下も覚束ないその様子は、入浴というより水難。

 周囲の入浴客から、困惑の視線を浴びている。


 施設情報を調べたところ、なぜか多くの湯が『電気風呂仕様』という、変わったコンセプトがあるらしい。

 しかし、ペースメーカーが必要な場合などを除いて、害のあるものでは無い。

 とはいえ、それ以外に理由になりそうな要素は、施設そのものには見当たらない。


「あ、すみませ……んひっ……ひひっ」


 異分子的な意味でユニークな反応。

 おそらく、これが彼女の特殊なセンサー機能、『感触』の持つ不具合であろう。


 その『感触』というのは、非常に表現が困難な物で――、


「周囲の電磁場の変化みたいなのが、いろんな感触で伝わってくるっぽい気がする」


 という曖昧なもの。

 

 いつからか、ある程度は慣れで無視できるようになったらしい。

 しかし、できるだけ『嫌な感じがしないモノ』の近くで暮らすようになったらしい。


 そして今、全身が激しい『感触』に包まれるという、ケアレスミス。

 スクリーンに投影された美しい光彩との対比が、異常さを際立たせる。


「ん……ちょっとキモチイイかも……」


 薄く笑顔を浮かべ、痙攣しながら、ゆっくりと水没してゆく彼女の思考が伝わってくる。


 ――かなり……キテる……今なら頭の中とか、読めるかも。


 いや、人の脳の信号が把握できたとして、それをマトモな言語やイメージに変換できるなど、考え難い。


 ――キタコレ。


 ニヤリと口角を歪める。


 ――アルジに知らせよう……これは……キテる!


 おそらく『感触』とは違う理由で、全身を細かく痙攣させながら立ち上がる。


 ――――


「――早かったな」


「ちょー探した」


「……なんかあった?」


「大変な事が発覚したよ」


 足早に迫る。


「……近い近い。ウザい」


「人の頭の中、分かるようになった……」


 その言い方では、誰も信じないであろう。


「……壊れたか」


「進化した」


「…………」


「神になった」


「いや、だから近い……なんなんだよ……」


「主さま……」


「なんなんだよ……」


「ありがとうございます。いつも感謝でいっぱいです」


 中略。


 脈絡の無い話を挟みながら、冷静な判断力を奪い、新機能の有用性を畳み掛け、スルーされ続け、帰途につく。


「――って感じで、何考えてるか分かるんだよ」


「へぇ、凄いな」


「…………」


 実際、そこそこの的中率である事が明らかになったものの、変わらない反応。


 淡々と夕暮れに染まる、軽自動車から眺める景色。


 彼女らにとっては、いつも通りに特別で、いつも通りになんでもない、穏やかで鮮やかな日常でしかなかったようだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ