孤高者の寄る辺 4話
「――そんな……、クロスが――っ……」
遠目から見る惨劇。部屋のベランダからアスタは、血に染まるクロスが倒れる姿を見、悲痛の声を漏らした。
そんな重体の彼へと最後の止めを刺すべく――紫紺の少女が歩み寄る。
「どうしよう……。どうしよう……このままじゃ、クロスが殺されちゃう――ッ!」
募る焦燥と動揺。アスタはその手で口元を覆うと――次に予想される場面を想像し、全身を小刻みに震えさせた。
数時間前には彼女の着替えを手伝い、その世話を焼いていたアスタにとっては信じ難い事態の急転と言える。
そんな胸中の鼓動が激化する渦中、更なる不測の異変がアスタの身に起こる。
突如、その無垢に輝く双眼――『憧憬の澄眼』が大きく見開かれる。と……、
次の瞬間、彼女の肉体と精神を繋ぐ経路が断線。全ての感覚が転化する。
「――……ッ」
己心における人格の境界――その一線を超過する黄色の少女アスタ。
そんな心的変移を遂げた彼女は、おもむろに口元に当てていた手を下ろす。
すると隠れていたその唇には、先程までの取り乱した表情とは打って変わり、不敵な笑みが浮かび上がっていた……。
敷地の外れの区画。冷めた芝生の上にて仰向けで倒れるクロスへと死の足音が近づく。
そして彼の傍らに佇立した紫紺の少女は、その残忍なる『奸邪の魔眼』を以て見下ろす。
「……ここまでね――」
致命傷を負い虫の息でいるクロスには、もはや抵抗する力など欠片も残ってはいない。
そんな彼の容体を確認すると紫紺の少女は――一度、自身が飛び出してきた家屋を一瞥し、情け容赦なく彼の喉元へと得物の刀身を添え当てた。
「あの家には――、あと何人住んで居る? 金品はどこに閉まってある?」
脅迫の色が含まれた無情なる問い掛け。その内容からは己の存在を知る目撃者を抹殺し、情報漏洩を断つと共に――当面の逃走資金をこの場にて得ようとする目的が窺い知れた。
その彼女による最期の問いには、まさしくクロスの生死が懸かっているのだろう……。
「……ゎ……」
「……よく聞こえないわ」
「……忘れた――」
「――、そう……」
クロスによる最後の悪態。そんな彼の乞わぬ矜持を察した少女は、冷淡な態度を以てあしらうと共に――その首を切り落とすべく斧槍を頭上よりも高く掲げた。
断頭執行を直前にし、彼女の残虐なる双眸の眼光が揺れると……その五指に力が籠る。
そのまま刃が振り下ろされれば――彼の頭部と胴体は切り離され、鮮血を噴き出しながら息絶えるだろう。
だが、その凄惨なる瞬間が迫る――まさにその時……、
「――ッ!?」
紫紺の少女が瞠目。その刹那、身を襲う致死の凶兆を予覚する。
と同時――、世界が白光により染まった。
勃発した現象の正体は――、雷鳴轟く落雷。その少女が掲げた斧槍の穂先を目掛け、凄まじい稲妻が襲来したのである。
しかしながらその危険な予兆を己の直感によって鋭敏に察知していた彼女は、反射的に得物を手放し即座に跳躍、俊敏な危機回避の行動を取っていた。
瞬時、稲妻は先刻まで彼女が立っていた地点に落下。武器の消滅と共に地盤が爆ぜ、周囲の地面を焦土と化す。
またその落雷に伴う衝撃はクロスをも巻き込み、彼の身体まで遠くに吹き飛ばす形となった。
その後、先の稲妻により破砕された地面を見、紫紺の少女は息を呑んだ……。
生来の直感によって一瞬前に避けられたものの――もしも回避が間に合っていなければ、確実に炭化した焼死体と化していたことだろう。
そして更に彼女は思考し洞察を深める。落雷という【自然現象】が――、このように天候の前兆無く、また絶妙な時機にて対象を狙い澄まして発生することなど有り得ない。これは明らかに……何者かによる〝人為的な攻撃〟であると推測される。
強大な殺意と破壊力を有した雷撃。それを行使した術者も比類なき強者であることが知れる。
続いて遠方から異者の視線を肌で感じ取り、少女が其方へと視線を急ぎ向ける。
するとその視界に捉えたモノは……、建物の屋根上に佇立し此方を見下ろす――黄色の少女の姿であった。
――あれは……先程叫び声を上げていた、あの家の同居人か――。
――最初見た時と随分と印象が違うが、今の雷撃はおそらく……、
黄色の少女が纏う強硬的な雰囲気から――先刻の雷撃の下手人を彼女と断定すると、紫紺の少女はその警戒を強めた。
と同時に、初めてとなる畏怖の感情をその心胆にて覚えることになる――。
……だが先の雷撃それよりも、あの人間は本当に……〝ヒト〟なのか――?
黄色の少女が発する超常的な霊気と存在感。それはもはや人智を超えた威光――人外なる領域の通力だと評することができた。
そんな彼女の正体――その変事の真相としては、アスタ・エンゼルジャッジメンターにおける『背徳なる悪心』の心情を司る〝ラスタ〟への変心によって齎されたものであった。