第五話 社会通念上オカルトを信じるなんて非常識なんだわ
ユッコ:生存
マツリ:生存
タッキー:死亡?
オカ氏:死亡?
to-ko:死亡?
私は、その怪人の姿を見た瞬間、全身の毛が逆立つようなゾワゾワした悪寒を催したが、それは仕方のないことだったろうと思う。ウラギマスクの実物を見るのは初めてだったのだから。そのマスクは画面越しに見るのと同じように気色の悪いものだったし、やはり実物の方が凄味がある。それに、撮影に使用した後だからだろう。ところどころに赤黒い汚れが付着していて、ますます気味悪いマスクへと仕上がっていた。
「…も、もう、悪趣味な脅かし方はやめてよ。マツリ?」
私は驚きを隠しきれずに思わず椅子から立ち上がり、少し後ずさりながら怪人に声をかける。いや、このウラギマスクがマツリなのは間違いない。さっきまでマツリが着ていた服装と同じなのだから。
しかし、怪人からはなんの返答もない。
ほんの数秒のことだったのだろうと思う。怪人と対峙し、沈黙が流れた時間は。怪人は唐突に自分のポケットに手を突っ込むと、見覚えのあるスマホを取り出して、何か操作をしたようだった。
その次の瞬間、しんと静まり返っていた教室に、けたたましく着信音が鳴り響く。
私はスカートのポケットからスマホを取り出し、通話ボタンを押すとスマホを通して電話をかけてきた相手に話しかけた。
「…マツリ、どうしてアンタがタッキーのスマホを持ってんの?」
「さあ、どうしてかなあ? 不思議だよね」
目の前の怪人も私と同じようにスマホを耳のあたりに当てていた。相変わらずマスクは被ったままだったが、スマホ越しに聞こえてくる声はマツリのものに間違いなかった。
「…ってことは、さっきのメールはアンタが送ったってこと? タッキーはどこで何してんの? それにもう一度聞くけど、なんでアンタがそのスマホを持ってんのよ!? とにかく、それを渡しなさい!!」
「そうだね。わかったよ」
私の持つスマホからそんな抑揚のない返事が聞こえてきたかと思うと、怪人はタッキーのスマホを私の足元に放り投げた。
すかさず私がしゃがみこんでスマホを拾い上げようとした瞬間、何やら鼻を刺激する鉄臭さを感じた。その匂いにつられて私が顔を上げると、どこから取り出したのか、怪人はあの手斧を握っていた。その手斧は柄から刃までが赤黒く汚れていたが、刃先の部分だけはギラギラと光を放っている。
「ま、まさか、その手斧、…本物、なの?」
映像で見ていたそれは、きっとまがい物だろうと思っていた。しかし、実物を見ると質感が…。それにこの鉄臭さ、いや、これは鉄というより…。
私は恐怖し、混乱した。怪人から少し後ろに這いずるように遠ざかると、なんとか立ち上がったが、その後はどうしていいかわからない。ただただ、そのマツリと思われる怪人の被る不気味なマスクと手斧とを驚愕の表情で見つめていた。
逃げなければ!
私は我に返って、そう思った。その瞬間、
――バン!
後方の教室の引き戸が勢いよく開いて、そこからウラギマスクを被った男が現れた。
――ガシン!
私が突然現れた新たな怪人を見て呆然としていると、次は前方の戸が激しく軋みを上げて開き、そこからもウラギマスクを被った男が顔を覗かせた。
――カラカラカラ…
そして、後方のもう一つの戸を開けて、ウラギマスクを被った女がゆっくりと教室に足を踏み入れた。
前方のもう一つの戸の方向にはマツリが立っている。私は四方の逃げ場を全て怪人たちに塞がれてしまった。
そして、新たに現れた三人の怪人たちは、ガラガラッ、ガタガタッと机や椅子をなぎ倒しながら私に迫ってきて、瞬く間に私は怪人たちに三人がかりでがっちり拘束されてしまい、抵抗する術を失ってしまった。拘束された私に向かってゆっくりと近づいてくる手斧を持った怪人。その怪人は私のすぐ目の前まで近づくと、おもむろに被っていたマスクを脱いだ。
そこには当然のごとく、マツリの顔があった。が、しかし…。
「マツリ……アンタ、ほんとにマツリなの?」
私はその人物がマツリであってマツリでないというような印象を受けた。私の知っているマツリはいつも穏やかで大人しい。しかし、今、目の前にいるマツリは顔のつくりは同じはずなのにまるで別人だ。目をむき爛々とさせ、歪んだ口角を釣り上げて背筋の凍るようなゾッとする笑みを浮かべている。
「なに言ってるのユッコ、私はマツリだよ」
マツリの口から発せられる声は、私の知っている彼女の声とは違い、まるで男の声のような腹に響く低音だった。
「私、ずっとずっとやってみたくてうずうずしてたことがあるんだよ。一度でいいからね。仲の良い友人を殺してみたいってさ! こんなことを考えるのって、人間としておかしいのはわかってるよ。でもね、私、悪魔に取り憑かれちゃったみたい。年々、殺りたい衝動が高まっていくんだよ!」
「ユッコは特別、親友だから最後にとっておいたんだよ。ねえ、知ってるユッコ。今日はね、私とユッコが初めて出会った日から数えて、丁度10年目の記念日なんだよ。私、待ってたんだ、この日がくるのを。このメモリアルデーに親友が殺せる! なんて素敵なの! 私が10年間抱いていた夢が今日ついに叶うんだよ!」
私は半ば放心状態で、マツリが狂喜した様子で雄弁に語るのを聞いていた。ああ、私は親友に殺されるのか。いや、きっとマツリに取り憑いた悪魔に殺されるのだ。
「さよならユッコ、私の親友」
最後にそう言って、悪魔は手斧を片手で大きく振り上げ、私の脳天に振り下ろした。
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「ご覧いただきありがとうございました。作中のユッコこと高橋真由子です」