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6. 割と切実な危機

2017/02/07 改稿しました。

 小鳥の声がして、爽やかな早朝の風が吹き抜けた。


 い、痛てて……。

 あちこち軋む体を、石の床からゆっくりと起こす。いつの間にか寝落ちしていたらしい。


 背後を振り返るとそこには、ひび割れたままの鏡。当然、その中に俺の部屋の風景は見えない。


(……スペアとかあったりしねえかなあ……)


 寝惚け眼を擦ってそんなことを思いついた。

 この建物には鏡の間の他にもいくつか部屋がある。よし、他の部屋を探索してみよう。倉庫っぽいあたりが怪しいんじゃねえかな。どの扉なのか分からんが、虱潰しに当たれば見つかるかも知れん。



 鏡の間を出て廊下を歩く。てくてく、てくてく。

 てくて……ぴたり。

 立ち止まる。身に迫る危険に気がついたからだ。

 が、遅きに失したと言う他ない。


(こ、これは……ヤバいっ……!!)


 どうしようどうすればいいんだ、全く何も対処法が思いつかない……!

 こんな事態は想定していなかった。背中をたらりと冷や汗が伝う。自分の脚が小刻みに震えるのが分かる。止まりたがる体を叱咤して、俺は前に進む。


「ちくしょうっ……なんで、なんで俺はっ……………………3杯も飲んだんだ!!!」




 つまりはそういう事態である。

 美少女はトイレに行かないとお考えの方はここでお戻り下さい。

 但しこの先の本編にはめっちゃ関係します。人生とはままならないものですね。ね?




 厠の場所を知らないという問題も勿論ある。が、それ以上に深刻なのは、繊細な俺の気持ちの問題だった。


 だって初恋の女の子だよ? 初恋の女の子のお花摘みに同行したことある?

 しかも同行どころではない、今の俺はリーナの体の中にいるのだ。これがどういうことか、お分かり頂けるだろうか。


 俺は彼女のお花摘みを、体感できてしまうのだ。


 ちょっと考えただけでも死ねそうなくらいの猛烈な恥ずかしさと、何か大切な夢が壊れてしまいそうな恐怖と、異様な興奮が入り混じって頭がぐるぐるする。もう嫌だ、泣きそうだ。

 ただの他人ならここまで気にならない。でも好きな女の子だから。手もつないだことないのに、って言ったら伝わるだろうか、この気持ち。


 俺は何も、リーナがトイレに行かないなんて思ってたわけじゃない。涙でぐしゃぐしゃになった顔も見たし走れば汗をかくのも知ってる。彼女が生身の人間だということを、知っている。

 けど、それを自分が体感するのは別問題だ。俺はこの時初めて、切実にもとの体に戻りたいと願った。強大な『獣』も正体不明の敵も、この恐怖に比べたらどうってことないとすら思えた。


 廊下の壁に手をつきドレスの生地を握りしめて煩悶していると、パタパタと軽い足音がした。


(こ、これは、まさか……!?)


 違った。親衛隊じゃない。振り向くとそこには小学生くらいの女の子がちんまりと立っていた。誰この娘。


「女神さま! おはようございますっ」

「お、おは、ようっ」


(頼むから素通りしてくれ、あっち行ってくれえ!!)


 どっどっどっどっ。脈と手汗が大変なことになっている。どう答えれば正解なのか。「うふふ女神さまはお仕事中だから邪魔しないでね」とか言っとけばいいのか。ここリーナ以外入れないんじゃなかったのかよ話が違うぞ!?


「女神さま?」


 きょとんと小首を傾げた幼女の仕草は年相応といった感じで実に可愛らしい。飛び抜けた美少女であるリーナとは比べるべくもないが、顔立ちも上等だった。ハシバミ色の瞳はくるんと大きく、ほっぺたのぷにぷに感はその手の人にはたまらないご褒美だと思われる。両サイドに高い位置でくくった髪が肩に届くか届かないかという長さで蝶の羽のようにゆらゆら揺れていた。


「え、えーと、そうだね女神さまだよ、うん」


 いかん、挙動不審が丸出しだ。案の定幼女が怪訝そうに眉をひそめ、てないだと!?


「女神さま、忙しいっ? あのね、リルハ今日ねー」


 ちょ、ちょちょい待ち、何だこの流れ。こ、これはまさしく、「帰宅した園児がお母さんにまとわりつくの図」! どうやらリルハという名前らしいこの幼女、まさかリーナの隠し子という設定はないと思いたいが。


(いやいや落ち着け俺、リーナは現在16歳、この娘は少なく見積もっても6歳は越えているはず、むしろ実年齢より幼く見えるタイプと見たっ、つまり計算上リーナが産んだ可能性は皆無!)


 動揺しまくりである。他に心配することあるだろう我ながら。そうたとえば何故この幼女が禁域のはずの建物にほいほい出入りしているのかとかな。


「でねっ、女神さまにあげようと思ってお花の冠作ったんだけど、お庭に忘れちゃったあ!」


 結局何が言いたいんだお前は!?


「きゃははっ、また作って持って来るねっ。それでねー」


 まずいこの娘ひとの話を聞かないタイプだ。このままではエンドレスお喋り不可避。俺は強張った顔をどうにか笑みの形に偽造し、口を開く。


「リルハちゃん、あのね」「わぁっ!?」


 しまった、ちゃんづけはミスったか!?


「女神さまが笑ったー!!」


 ものすごくびっくり、かつものすごく嬉しい大事件、と思っているのが分かりやすい全開の笑顔だった。それはいいんだが頼むから抱きつくなあああああ!


「きゃひぃ! らめえ!」

「きゃははっ、女神さまヘンな声っ」


 幼女リルハの身長、ちょうどうまい具合に(今の俺にとっては非常にまずい具合に)下腹部を締めつけてくる。


(嗚呼……もうダメ、限界……)


 せめて、せめて厠に。幼女の前で決壊などという最悪の事態だけは避けたい。リーナの名誉と、あと俺のいじましい大切な何かを守るために。


 決死の思いが全ての雑念を振り払い、その瞬間。


 ピィイイイイイン……


「!?」


 白い光が視界で弾ける。

 思わず目を閉じると、瞼の裏にここの敷地を描いた地図アプリのような画像が見えた。この建物は聖堂、その西隣に食堂のある平屋、そしてリーナの居室のある4階建ての塔、……。

 それは、この眼がかつて見ていた映像だった。

 今いる位置の画像が拡大され、赤外線のような赤い光が、道筋を指し示している。


「っリルハごめん!」

「ふわっ」


 小さな体を押しのけ、赤い光のラインを辿る。その先には。


 バタン。


 扉の内側に飛び込んだ俺には一刻の猶予もなかった。


「なーんだ、女神さまお手洗いだったのか」



 数分後。リルハの前に再び現れた俺は、異様によろよろとしていた。

 『病気なのかと思った』後日のリルハ談。


 ええそりゃもう言葉では言い表せない壮絶な体験でございました。想像を絶する。人生最大級のパニックを君に約束しよう。


 この試練を乗り越えた俺は、きっとかつてないほどに最強の勇者になれるし、かつてないほどに最凶の魔王にだってなれる。もう何も恐れるものなどない。今なら何でもできる気がした。



「と、取りあえず、体の『知識』を取り出すやり方が分かったぞ……」


 知識と記憶と精神は別物。

 知識は体に残っていて、本人でなくとも『取り出せる』。

 俺の体を乗っ取ったあいつの言っていたことが腑に落ちた。『エカテリーナ』の豊富な知識があれば、多分きっとどうにか俺はこの世界で生き抜いていける。本当のリーナを探すことも、不可能ではないはずだ。


 結構集中力がいるので何度も連続しては試せない。何というか眼球の裏あたりにたくさんのデータフォルダが並んでいる感覚で、新しい項目のファイルを開くのはかなり疲れる。けど、一度ファイルの解凍に成功すれば次からは楽に中身を読めることが分かった。

 ひとまずは大きな収穫。


 ちなみに。


【「親衛隊」:旧称「女神エカテリーナさまを愛でる会」。お世話してくれる人達。】

【リルハ:神殿が預かった孤児。聖堂に入れる。】


 ………………。


 少ない。情報量が圧倒的に少ないよリーナ。


 目の前の人間に意識を向けるとその人のデータが読める。但し『リーナ』が知っていることだけだ。初対面の相手なら【???】しか出てこない。


 そして、リーナ・データファイルにおける人間の項目は極めて少量だった。明るく可愛い美少女だと思っていたが、案外リーナは俺の仲間だったのかも知れない。


 ……せつない!

章番号のズレを修正しました。早速のブックマークありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。

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