2. 俺がドレスであいつがスウェットで
2017/02/07 改稿しました。
落ち着いて状況を整理しよう。
彼女が怯えていた。からどうにかしなきゃと思った。
そしたら俺が彼女になっていた。
うん、ここまでおっけー。順調に意味不明だ。
「はぇ……? 私が、いる……?」
鏡にぺたりと掌をくっつけ、こちらをまじまじと見つめてくるスウェットの男(きもい)。そいつは一瞬でハッとシリアス顔になって叫ぶ(うざい)。
「そっちは!? どうなったの!?」
返事してやるのも何か嫌なんだが、他に誰もいないので仕方なく肩越しに後ろを指して答えた。
「異常、なし」
さっきのフラッシュのせいだろうか。赤黒い風景は消え、そこは白い石壁の広間に戻っていた。鏡の向こうからもそれは視認できたようで、安堵したスウェット男がふにゃあっとへたり込む。
「良かった……。……えっと。タカヒト、だよね?」
「そうらしいな」
甲斐貴人は絶対に白いドレスなんて着ないけどな。自分の喉から出る愛らしい声に鳥肌と違和感が止まらない。そんでそっちはスウェットなんて着たことないエカテリーナさんだよな?
「うーん……どうなってるのぉ?」
己の顔をぺたぺたと触り服装や部屋をきょときょとと確かめ、呆けた様子で呟く『俺』。それはこっちが聞きたい。取りあえず俺の顔で可愛らしく小首を傾げるのをやめてくれ。地味に視覚の暴力。ブサメンとは言わないがほぼ成人男子、ジャニ系アイドル顔でもない限りなかなかキツイもんがある。つか自分の顔だし。
「……要するに、俗に言う『入れ替わっちゃった』ってやつだよな」
俺は別に入れ替わりたいとは思ってないぞ。TSFは二次元だけで十分だ。
「リーナ、これの戻し方って知って……ないですよねー」
言い終える前に首が振られた。分かってた。分かってたけど一応さ。
「そんじゃ試しに手を」
さっきの再現。鏡越しに両手と額を触れ合わせてみる。
シー……ン。
何も起こらなかった。恋人どうしよろしく重ね合わせた手が非常に気まずい。
「うわちゃあ、どうすんだこれ」
「どうすんだ、って言われても。どうしよう?」
どうしようって言われても、と言い返そうとした俺はその音に気づき真っ青になった。
「やばいっおいリーナ! すぐ鏡を隠せっ」
「え?」
「そんで何事もなかったかのように、いや無理か、取り敢えず何言われても黙って頷いてろ!」
「え、何で、何なの?」
だからその面で可愛らしい上目遣いはやめなさいって。とにかく急いでそこのボロ布を鏡にかけるんだ。頼む早く、後10秒!
コン、コン。
「たー君? ネット巡回するお仕事で忙しいのは分かるけど入るわよー?」
大学生にもなってたー君はやめろっつってんだろうが! あと俺だって常にネット巡回してるわけじゃねえよ1日の7割くらいだよ!
ガチャリ。
間一髪で隠された鏡のこちら側で息を潜め、俺は抗議を無言で飲み込んだ。この世で最も恐ろしいボスキャラ・おかんの登場である。頼むリーナ、乗り越えてくれ!
「お邪魔ー。たー君、今日独り言多いね? 痛々しいわよー?」
うっせえ。
「あら、素直ね。痛いの認めるんだ」
あああリーナそこは頷かなくていいのにいい!
「じゃあ素直ついでにそれ、脱ぎなさい。お洗濯しちゃうから」
「ふぇ」
ま、まずい。リーナin俺が明らかにうろたえている。そりゃ当然だ、いきなり男の体に入ってしまった上にいきなり脱げとか言われたら。「後で!」とかうまいこと言えたらいいんだが今のリーナにそんな機転は求められまい。ごそごそと衣擦れの音がし始める。
「あーもー何やってんのよ。不器用か!」
「キャアッ」
高い! リーナ、悲鳴が普段の俺より3割増し高いよ! そしてどたばたきゃーきゃー何をやってんのあんたらは!?
(音しか聞こえないのマジ生殺しなんですけど!?)
「はいお邪魔しましたっ」
バタン。
おかん、嵐のように去りぬ。
「リーナ早よこれ取って! 何があった!」
果たして、鏡の向こうに俺が見たものは。
パンツ一丁で太腿擦り合わせて恥じらう19歳男子の姿だった。うっわあ見たくねえ……。誰得だよこの画像。
これ以上ないってくらいに赤面する『俺』。どうやら抵抗虚しく母さんに身ぐるみ剥がされたらしい。母は強しとはよく言ったもんだ(違う)。
「……あの。着替え、後ろのクローゼットの右端のケースだから」
がさごそ。ぽいぽい(おい)。がさごそ。『俺』が衣装ケースを探る。
「……ないよ? ドレス」
「俺の体でそんなもん着たらどつき倒すからな?」
困惑顔の『俺』。こっちはこっちで普段のリーナなら絶対にしないであろう仏頂面を作る。
「そんなもの、って、でもドレス以外に何着るの?」
今まさに手に持ってる灰色のくたっとした布だよ!
数十分後。どうにか再びスウェット姿になった『俺』はしょんぼりとしていた。下を穿く時ものすごい必死で見ないようにしてたので俺としてもしょんぼりだ。そこまであからさまに嫌悪しなくても。
「男の人の服って難しいんだね……」
君が着たのは人類史上最も難しくない服です。被るだけやん。育ちが良さそうだとは常々思っていたが、まさか自分ひとりで着替えたことがないレベルというのは想定外だった。どこの姫だ。
「練習するっ」
うむ。この立ち直りの早さと前向きさこそ我らがリーナ。精進してくれ給え。と言いたいところだが。
「やる気になってるとこ悪いんだが、止めといた方が良さそう」
「どうしてっ?」
たかだかスウェット着るだけに絡まって転倒する19歳男子のドジッ娘っぷりを冷めた目で見ながら(いやもう本当に誰得だよ)、俺は考えていたのだ。そして結論を出した。中身がエカテリーナのままで甲斐貴人が普段通りの日常生活を送るのは無理である。
「だってリーナ、日本の庶民のしかも男の生活とか知らんだろ」
「そんなことないよっ」
そんなことあるよ。今の顛末で既に明らかじゃねえか。じろっと睨むと『俺』がしゅんと縮こまった。ううむ惜しい。中身が元のままなら美少女に叱られる俺というご褒美シチュエーションなんだが。
「というわけだから、『俺』は今日から自分探しの旅に出る。場所は、そうだな、北海道だ」
「ホッカイドウ?」
聞いたことのない地名に『俺』が首を捻っている。
「うんそう、北海道。北の大地で自分探しだ」
「???」
「大学生といえば自分探しの旅、まったく不自然じゃないな。俺って天才かも」
「え、あの、タカヒト? 何の話?」
困惑しきりの『俺』は俺の目論見が皆目検討もつかないようだ。
「念のためもっかい聞くけど、リーナにはこの『入れ替わっちゃった』状態は戻せないんだよな?」
「う。ごめん……」
いや謝らなくていい、ただの確認だから。で、そういうことなら。
「リーナが俺の体ごと『こっち』に来るしかないと思う」
「……!?」
開いた口が塞がらないって表情の『俺』。
というわけで俺氏、異世界転移します。