33. 女神の帰還
「だーからーあ! 言ったじゃねえか、大丈夫だって!」
「お前の言葉なんか誰が信じられるか!」
瓦礫の山を片付けながら、俺とテュイが怒鳴りあっている。因みにリーナはいない。力仕事に関しては戦力外だからな。俺が入っていたリーナの体とは違い、新生・リーナの体は一連のごたごたが始まる前のスペックしか持っていない。つまりはひとりで着替えたこともない深窓のご令嬢である。
リーナの精神体が手に入れた新しい肉体は髪が白い。本来の金髪からすっかり色が抜けた形だ。つまり、このリーナはリーナではあるが『女神エカテリーナ』ではない。『獣』の名の下に呪いを受けた彼女は最早『女神』ではなくなった。
禁呪を受けたんだから精神体ごと存在消滅しててもおかしくなかった。本来なら。あれはそれくらい強力な呪いなのだ。けど、あの時のリーナは普通の状態じゃなかった。精神体と肉体が分かれ、かつ精神体の方は『女神』という存在形態に取り込まれて殆ど眠っていたのだ。するとどうなるか。
俺は呪いの対象を「彼女」とだけ言った。それは『女神エカテリーナ』を指しているわけで、『女神エカテリーナ』ってのは精神体と肉体を合わせて成り立つ存在だ。で、肉体の方は俺が持っていた。呪いの力はその両方に向かって発動する。分散した呪いの力はリーナを殺さず、ただ『女神エカテリーナ』だけを殺した。今の新生リーナはいうなれば残骸、搾りカスみたいなもんだ(って言ったら怒られそうだから絶対に言わない)。
勿論このやり方には害だってある。そもそも肉体の方ももろに呪いを食らったわけで、お陰で俺の入っていた体は大ダメージを負うことになり中の俺ごと一度死にかけた。俺の精神体は別の入れ物(つまりは未来から来た『テュイ』の体だが)に〈移す〉方法でかろうじて命を留めたが、その術に鏡を使ったところエネルギーが暴発して大事故につながった。
古い石造りの聖堂は倒壊し、更には過剰な『力』が周囲一帯に噴出したことで花は咲き乱れるは果物は生るは鳥の赤ん坊は生まれるはで百花繚乱の大騒ぎ。言うまでもないが季節感ゼロだ。この辺りの気候では咲くはずのない南国植物までどこからともなく根付いてしまった。
エネルギーの余波で犠牲になった少女達の魂が取り戻せたのは僥倖と言えるが、それだって俺やテュイが1件1件地道に精神体を捜し歩いたのである。すっげえ時間かかったしすっげえめんどくさかった。あれはもう二度とやりたくない。
それに、リーナは記憶喪失みたいになっている。それもそのはずで、ずっと『女神エカテリーナ』として生きてきたんだからリーナの存在の大半は持って行かれてしまったのだ。
「タカヒト、助けて……」
消え入るような声が背中から聞こえる。振り向くとそこには白髪の少女が、叱られた幼児のように所在なさげに俯いていた。手には、
「……ハリネズミ?」
「ちっ違うもん! 破れたズボン、繕わなきゃって」
大量に針が刺さった灰色の物体X。ズボンの何をどうしたらそうなるんだ。
「ご、ごめんなさい」
しょんぼりと泣きそうなリーナを見て、サキヤが思わず声をかけた。
「大丈夫ですよリーナ様」
「ヒィッ!? ごめんなさいごめんなさい!」
本気で怯えてしまった。一瞬だけ硬直したものの、大人なサキヤは笑って許してくれる。
「……これは。本当に覚えていないのか」
『俺』の体に入ったままのテュイが心底驚いている。
「うぅ……ごめんなさい」
要するにそういうことだ。リーナの人生16年間の中で『女神』じゃない自分でいられたのは鏡越しに俺と喋ってた時間だけであり、今のリーナはその部分だけで構成されている。俺のこと以外は何も覚えてないと言っても過言ではない。
外見年齢が13歳まで退行しているのもそのせいだ。その時期に俺と喧嘩して絶交したからな。サキヤのこともリルハのことも、13歳の彼女は「知らない」のである。
「だからって人見知りが過ぎないか?」
「ふぇえ」
……それは俺も思ったけど言わなかったのに。
『女神エカテリーナ』として必死に保ってきた虚勢と仮面を剥ぎ取ったら、リーナはとてつもなく弱気で引っ込み思案で泣き虫だった。そういえば入れ替わった初期の頃に、対人コミュスキルに関して同族の匂いを感じたことがあった。あの憶測は正しかったわけだ。
「ま、いいんじゃないか? これはこれで」
小動物系で可愛いし。そう言ったらテュイがものっそい睨んできたので口笛で誤魔化しておく。
いいんだ。多分これが本来のリーナなんだろうから。
今度こそリーナはリーナのままで生きていけるといい。ゆっくりやってこうぜ。盛大に暴れてぶっ壊してしまった神殿の復興にはまだまだ時間がかかりそうだ。まずはそのハリネズミを1週間くらいかけてどうにかするといいと思うよ。
………………ところで。
「お客様の中に、『俺』の体を取り戻す方法をご存知のお医者様はいらっしゃいませんかー!!」
「何言ってんのよ、それは医者じゃなくて魔術師の管轄でしょ?」
通りすがりのシェイラに真顔で突っ込まれた。ああ、飛行機のない世界だからこのネタ伝わらない!
「何でだよ……何でお前、『俺』の体に入ったままなんだよ返せよぉ……」
「誰にもやり方が分からない。私も未来に帰れなくなったんだ、痛み分けだろう?」
ちくしょー何か納得いかねー!!
くいくい。ん? ちびリーナが俺の服を引っ張っている。
「タカヒト。ひこうき、って、大きい飛ぶやつだよね? ああいうの?」
そういやリーナとふたりで仲良く乗り物図鑑見てた日もあったなあ。懐かしく思い出す俺。と、リーナが指差す先には。
「ギャウウ!! ギャオゥウ!!」
「いや待ってリーナあれは違う、飛行機じゃねえドラゴンだ! ……き、気のせいか、つぶらな瞳にどことなく見覚えが……!?」
ドラゴンの背からぴょいーんと飛び降りてくる小さな影。
「リーナさまーっ! あと、ちっちゃいリーナさまーっ!! あのねえ、木とか色々、運んできたよーっ」
リーナはきょどきょど怯えているし、俺は俺で唖然として開いた口が塞がらない。
「り、リルハ。あのさ、もしやあれは」
「きゃはは、すごいでしょ! くーちゃん、大っきくなれるんだよ!」
やっぱりあれくーちゃんなの!?
もしかしなくても神殿大崩壊の『力』の余波のせいですか!?
「ねえねえちっちゃいリーナさまっ、くーちゃんのウロコすごいよ、触る? 触る!?」
「あ、ぅあ、は、はいっ」
ドラゴンライダー・リルハがちびリーナを引っ張って行く。俺は慌てて追いかけた。
「こら、タカヒト! さぼってないで手伝ってよね!」
すまんシェイラ、ちょっとあいつら放置するの怖いからこっち優先させてくれ!
これにて大団円。
途中長いこと更新がストップしたにも関わらず最後までお付き合い頂きありがとうございました。




