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30. 出遭いたい、出遭えない

 頭領の到着を待たず、私は洞穴の中に入った。ここまで盗賊の面々を殲滅してしまったのだ、今更紹介状も何もあったものではないだろう。勝手に物色してさっさと立ち去りたい。


「……? ない、な」


 宝物の山をいくら探っても手鏡が見つからない。所有者は北の森の盗賊で間違いないはずなのだが。正当な継承以外に、あの9枚の鏡が移動することなんてあり得るだろうか? 頭領は留守だと言っていたが、ひょっとして私の知らない内に代替わりでも起きたか。あるいは「狩り」の途中で死亡ということも考えられる。困った。何れの場合にしても行方を追えない。


「神殿を目指すか……?」


 砕けた鏡がどの程度まともに機能するかは、賭けだ。下手すると歪んで作動してしまい大事故につながる危険もあった。実際、それが原因で『テュイ』の村の近くに置かれた鏡は沈黙してしまった。砕けた鏡と直結したせいで動作不良を起こしたのだ。


 そもそも時間がない。ここから神殿を目指して、果たして蝕の日までに辿り着けるのか。

 様々な可能性を考える。そして答えは出た。

 もうすぐこの森を通りかかるはずの、『彼』を待とう。



 それから数日。『彼』は予定通りの日時に予定通りの場所でたたずんでいた。几帳面なところは生前からずっと変わりないようだ。密かに笑いながら、私は『彼』の前に立つ。


「久しぶり、ルドルフ。私が分かる?」


 驚愕に目を見開いて、彼は私を呼んだ。


『――――――女神さま』


 亡霊に視える世界は生者の世界とは違う。肉体が変わっても、精神体が同じなら彼らは同一人物だと認識できる。『テュイ』の体に入っていても私が『女神エカテリーナ』であることに変わりはないのだ。


 『女神』に忠誠を誓った元青年貴族は膝を折った。

 周囲に生きた人間の気配はない。ルドルフが単独行動しているのか、それとも同行者が席を外しているのか。仮に同行者がいたとしても私の用事を優先させるつもりだが。


「早速だけどルドルフ、私を神殿に、……!」


 言いかけてふとその気配に気づいた。幽霊馬車の中に、懐かしい光。


「……ルドルフ。今、ひょっとして鏡を運んでいる?」

『ございます。女神さま』


 御者は恭しく馬車の扉を開けた。遠慮なく入って荷物を探る。―――あった。どういった経緯かは不明だが、盗賊の所有する手鏡をルドルフが運んでいたのだ。


『それから、こちらを……何かのお役に立てばと』


 そう告げて、ルドルフは古めかしい襟の奥からガラスの破片を取り出した。こんな鋭利なものを懐に入れたまま高速で走り続けてきたわけか。既に死んだ身だからできる芸当だな。破片の淵に染み付いた血痕は彼自身のものではないだろう。


「まさか……神殿の大鏡の破片。何故これを?」


 手渡された鏡の破片を受け取る。ひやりとしたガラスに手が触れた瞬間。


(そうか、そのために鏡を破壊したのか)


 私は瞬時に理解した。神殿の大鏡が砕かれた理由を。力の歪みが必要だったのだ。相互に網の目でつながれた鏡。それを一度切り離し、網を歪め、そして再接続する。


「ありがとう、ルドルフ。使わせてもらうよ。この破片は消失するだろうけど、構わないね?」


 一方的に宣告しても亡霊は逆らわない。

 私はルドルフに鏡を持たせ、その場に立つように命じた。馬車にくくりつけた手鏡とで合わせ鏡を作り、その間に入る。2枚の鏡が織り成す無限の空間に無数の『わたし』が映った。


〈鏡よ鏡、力持ついにしえの鏡よ。己が真を手に入れよ。真は幻、幻は真。過去、現在、未来、時の円環は廻り巡りて全ては等しく。上なるものは下なるものの如く、下なるものは上なるものに似て。9つの頂点を抱く星よ。描き、散り、そして集え。月と太陽の婚姻の夜、我、エカテリーナが望む幻、エカテリーナのあるべき形を手に入れよ〉


 そうしてわたしは飛んだ。あるべき時に、あるべき場所へ。

 魔法の鏡は時間さえも越えてわたしを運ぶ。あの日、あの瞬間、あのひとのもとへ。


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